『きっかけ』3

 

「俺は次の戦いに出れないので、詳しいことは聞いていないが。必ずや勝利をもたらすと信じているぞ!」

 力のこもった期待に、ネフェニーはとりあえずあいまいに頷いた。

 

「は、はい。頑張ります・・・。

 それと・・あの、もう一つ、お願いしたいことが、あるんですが」

「何だ?」

 

「隊長さんは、弓も使えました・・よね?」

「ああ。斧・剣・槍・弓は一通り習得するからな」

「弓の、補佐というのは、どうすればいいんでしょうか」

「弓の補佐?

 弓兵の補佐なら、その軌道を邪魔せぬよう、敵からの攻撃を防ぐものが基本だな。

 特に重歩兵が壁となるのをよくみかけるだろう」

「はい。それであの、私も弓兵の人と組んで、その人の補佐になったので」

 ネフェニーの言葉に、ケビンは目を見張った。

 

「それは、そういう作戦か」

「はい」

 

 頷くネフェニーに、しばらくケビンは口をとざす。

 そして表情を少し落とした。

 

「ならば、その組む者と話あうのが一番だ。

 部外者である俺が口を出しても、余計な混乱を招きかねん」

 ケビンの言葉に愕然としながら、ネフェニーは慌てて頭を下げた。

 

「・・・っ! そうっ・・ですね。すみません!!」

「すまんな。力になれなくて」

「いいえ! 私も、馬鹿なことゆってしもぉて。本当にすみません!!」

 混乱のあまり、口調まで戻りつつあるのにも気付かず、ネフェニーは謝り通した。

 

 そもそも作戦に関することを軽々しく口にするべきものではない。

 己の失態にネフェニーは、いつにも自己嫌悪に陥った。

 しかし、それはネフェニーだけではなかった。

 

「――謝らねばならないのは、こちらも同じだ」

 

 意外な言葉を掛けられ、ネフェニーの混乱が中断された。

 

「いくら作戦とはいえ、本来ならば守るべき一般市民である者を戦場に出し、自分はこのような安全な場所にいるなど」

 

「・・た、隊長さん?」

「いいや! それだけではない」

 

 ネフェニーの声を掻き消すように、ケビンは拳を握り締める。

 

「俺がもっと強ければ、せめてあの時逃がせれば、君たちに捕虜などという屈辱を味わせることもなかったであろうに」

「いやあの。隊長さん?」

 

 ぎりぎりと拳を握り熱くなり続けるケビンに、おろおろしながらもネフェニーは何とか宥めようと奮闘する。

 しかし悲しいかな、ネフェニーではどうしようもなかった。

 

「すまない!! ふがいない俺を、どうか許して欲しい。

 せめて必ずや! 必ずや君たちを故郷に無事送り届けると、俺のクリミア騎士としての誇りに掛けて誓おう!!」

 

 迫るケビンに中腰になって後退しながら、ネフェニーは全力で頷く。

 それで少し納得したのか、元に位置に戻るケビン。

 彼に聞こえないように、ネフェニーは長い長いため息をついた。

 

――ああ、これはやっぱり慣れんかも――

 

 

 戦争が始まったのは仕方が無い。デインというのは強国で、しかも奇襲により、まさにあっという間に城は落とされてしまった。

 あくまで城のみを狙っていたのか、周辺の町や村はそれほど被害がなかったのがせめてもの救いか。

 だがそれでも、侵略されたことには変わりは無い。対岸の火事などと思うつもりなかった。

 

 志願兵となった以上、自分がどうなるのか、判らなかった訳ではない。

 捕虜となる可能性も範疇に入れていたので、ケビンに対して恨みはなかった。

 恨みや憎しみなら、その元凶であるデインに向ければいい。

 

 少なくともここにいる人たちに、そんな気持ちを向けたくはなかった。

 その気持ちを表すように、ネフェニーは言葉を告げた。

 

「私やチャップさんが・・隊長さんを恨むなんて、そんなこと・・・絶対にありません」

 姿勢を正して、ネフェニーはゆっくりと、自分の気持ちを言葉にした。

 

「そ、それに、あの時捕虜になったから、自分は今、ここにいられます。

 私は、ここの人達が・・・好きです。ここに来て、良かったです。

 あ、でも。クリミアにいた時が、嫌ってわけじゃなくて・・・。

 ただ、皆に会えて良かったって、そう思って」

 

――そして、あの人に会えた――

 

 こうして改めて考えると、ネフェニーはとても嬉しくなった。

 こんなに人との出会いが嬉しいなど、今まであっただろうか。

 彼女の言葉を聞きながら、ケビンも無意識に声を出していた。

 

「――ああ、そうだな。

 俺も、本当にそう思う」

 

 そしてケビンは、天を仰いだ。

 

 

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