『きっかけ』4
天に、何かが横切った。
それをケビンは目で追うと、その何かの形を素早く捉えていく。
それは純白の天馬だった。
「・・マーシャ殿」
「え?」
その呟きに、ネフェニーもケビンの視線を目で追うと、天馬は優雅に空を泳ぎ、身を翻しながら近づいてくる。
一陣の風が舞い、天馬の脚がしっかりと地面に立つ。
その天馬の背からひらりと降り立ったのは、一人の可憐な女性だった。
「こんにちは」
明るく、花のような笑顔を向けながら、マーシャは軽く会釈した。
「お二人で何してたんですか?」
「なに、基礎訓練だ」
「え! すみません。お邪魔しちゃって」
「あ・・いえ。もう、終わりましたから」
おずおずとネフェニーは立ち上がり、改めてケビンに向き直る。
「今日は、ありがとうございました」
「うむ。またいつでも来るといい」
「はい。それじゃあ」
ケビンとマーシャ、それぞれに頭を下げ、顔を上げたネフェニーは、暫く二人を見つめ、そして足早にその場を後にした。
「本当に・・良かったんですか?」
ネフェニーの後姿を見て、マーシャは申し訳なさそうに訊ねる。
「うむ。終わったことは終わったのだから問題はないが・・・。
ところでマーシャ殿はどうしてここに」
ええっと、と頬をかきながら、マーシャは答えた。
「特に用という用はなかったんですが、ケビンさんの声が聞こえたから、こっちかなって思って」
「それでわざわざ俺の元に?」
「あはは。空を飛んでると、よく聞こえるんですよ。ケビンさんの声」
「そうなのか? それは知らなかった」
「それは知らなくても仕方ないですよ。ケビンさんは天馬に乗ったことないんですもん。
あ、良かったら、乗ってみます?」
そしてマーシャが天馬に向き直ると、当の天馬はいやいやと首を横に振っていた。
「・・・俺が乗っては、辛いようだ」
「ご、ごめんなさい」
「なに、気にすることは無い。それに俺は、地上の方が性に合っているしな。
それにマーシャ殿が空にいてくれるのだ。だから俺も安心して戦える」
え? と呆けた表情をするマーシャに、ケビンは構わず先を続けた。
「天馬騎士と組むことで、これほど心強くなれるとは思わなかった。
感謝しているぞ。マーシャ殿。貴公に出会えて本当に良かった。
これからも宜しく頼む」
「は・・はい。こちらこそ」
――もう、どうしてこの人は、こういう言葉を恥ずかしげも無く言えるかなあ――
まるでケビンの代わりのように、マーシャは火照る頬を持て余していた。
だがそれでも、やっぱりケビンは気付かなかった。
※
――隊長さんは、あのマーシャさんと組んどるんじゃったなあ――
一人ほてほてと歩きながら、ネフェニーは二人の並んだ姿を思い出した。
――おまけに支援も組めるし。せめて私も、シノンさんと支援が組めたらえかったのに――
ふうとため息をつき、ケビンと話す笑顔のマーシャを思い出す。
――私も、もっとあがぁな風に、自然に話すことが出来たなら――
そこでようやく、ネフェニーは自分の心中を見直した。
――私、何でこがぁなこと考えとるんじゃろ?――
もっとシノンの言葉を聞きたいとは思った。
しかしあの二人を見ていると、気がつけばその気持ちが少し変化していることに気付いた。
あの二人のように、楽しそうにと。
ああそうか、とネフェニーは思った。
自分はあの二人が羨ましいのだ。
あの二人は支援を組んで長い。その中で、きっと特別な絆も出来ただろう。
だからあんなに隣りに並んでも、それがとても自然に見えるのだ。
それを自分は、羨ましいと思ってしまった。
――私も、シノンさんと、そがぁな風になりたいんじゃろうか――
ふるふるとネフェニーは首を横に振り、己を叱責した。
あんなに迷惑ばかりかけて、なんておこがましい。
それに、次の作戦以降、もう組むこともないだろう。
もうあんな風に、話す機会も、無くなるのだ。
そこまで考えを進めた時、後ろから何かの音が聞こえた。
それは頭上からのもので、ネフェニーは天を仰ぐ。
本日二度目の光景が、そこにはあった。
天を駆るその姿が、自分より少し先の地上に降り立つ。その背から飛び降り、近づいてきたのはマーシャだった。
「ネフェニーさん」
先ほどのような笑顔で、マーシャはネフェニーの前で止まった。
「やっぱりちゃんと謝りたくて。訓練の邪魔しちゃってごめんなさい」
「いえ・・本当に、訓練は終わっていたので。
どうか・・・気に、しないで下さい」
「そう・・ですか?
でもやっぱり、今度から気をつけますね」
少し安心したように、マーシャの笑顔が一段と柔らかくなる。
同性の自分から見ても、マーシャの笑顔はとても可愛く、素敵だった。
――あぁ私も、あがぁな風に笑えりゃあ、もっと・・・――
そしてまた湧き上がる甘い気持ちを、ネフェニーは無理やり押さえ込んだ。
マーシャが気になり、わざわざネフェニーの前に来たのは、他にも理由があった。
立ち去る前、彼女から向けられる視線が気になったのだ。
なんというか、その瞳には虚無感が感じられた。
自分が来て訓練が中断されたからだろうかと思ったが、そうでもないらしい。
だがどんな風にして聞けばいいのか、そもそも聞いてもいいのだろうか。
そうこうする内に、ネフェニーから声がかかった。
「マーシャさんは・・・隊長さんと、仲がいいですね」
「へ? あ、仲がいいというか、まあ話しやすい・・時もあるし、ケビンさんいい人ですからね。
でもどうして?」
質問を返され、半ば無意識に、ネフェニーは答えていた。
「・・いいなぁって、思って・・」
「え?」
「え?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ!」
瞬間、ネフェニーは口を両手で押さえ「すみません! 何でもないです。ごめんなさい!!」と念入りに謝り、走り去っていった。
そんな彼女を見送ることも出来ず、マーシャはただ呆然と立ち尽くしてた。
――いいなって? いいなって・・・・・え?――
「・・・・・・・・まさかっ!?」
そしてようやくマーシャは振り向いたが、ネフェニーの背中はすでに見えなかった。
――まさか・・まさか、ネフェニーさんて・・ケビンさんのコト・・・!
え? 本当に? 本当にっ!? ってあれ? なんで私、こんなにショック受けてるの?――
驚きすぎて頬に手をやったり、無闇に辺りに視線を送ったりしながら慌てふためくマーシャ。
そんな主人を、天馬は忠実に温かく見守っていた。
あとがき
『試戦』のちょい後なおまけ。せっかくケビンさんも絡んできたことだし、シノネフェにケビマを混ぜてみました。
やばい。ちょっと楽しいかも。
どちらもまだ完全にくっついていないので余計楽しい。でも多分マーシャしか誤解してませんが。
あとやっぱりケビンさんは、誰にでも誓いを立てると思います。そしていっぱい誤解されてると思います。
何だろうなあ、男の方が厄介な性格ばっかりだ。
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