『試戦』5

 

「ボーレ!!」

 ミストは叫び、杖を掴んで駆けつける。

 

「ボーレ! ボーレ!! しっかりしてよっ」

 倒れ、完全にのびているボーレに、ミストは何度も名を呼んだ。

 一方、彼を気絶された本人は、しばらく呆然と肩で息をついていたが、やがてはっと我に返り、ミストに負けないくらい叫んだ。

 

「ぼ、ボーレさん! ごめん!! 大丈夫!?」

 駆けつけ、慌てる二人とは逆に、冷静に見ていたのはシノンだった。

 

「おい、落ち着けお前ら」

「ああシノンさんどうしようどうしようわたし私のせいでボーレさんが」

「だから落ち着けっつってんだろうが。こいつは頑丈・・でもねえが、あんなモンでどうこうなるほどヤワじゃねえよ」

 シノンの言葉に、ようやくネフェニーは落ち着きを取り戻す。

 

 その間にも、ミストの杖がボーレを癒していく。その隣にはいつの間にか、ヨファも心配そうに見守っていた。

 やがてオスカー、ガトリーも近づき、皆でボーレの回復を待つ。

 しばらくして、ようやくボーレの瞳が開かれた。

 

「ボーレ! 大丈夫? 痛いところはない?」

「う・・」

 

 ミストの言葉に答える代わりに、額に手をやり、ボーレは気絶する前の状況を必死で思い出そうとする。

 そんな彼に、シノンはいつものように嘲笑の言葉を投げつけた。

 

「ようボーレ。えらく景気よくふっとんでいった気分はどうだ?」

 

 瞬間、ボーレの顔が強張り、ぎろりとシノンを睨みつけた。

 

「言っとくがなあ。俺はあんたに負けた訳じゃねえからな!!」

「あぁそうかよ。でも負けは負けだぜ」

「あの・・ボーレ、さん。ごめんなさい」

 そんなシノンとは対照的に、ネフェニーはこちらが申し訳なるくらい恐縮していた。

 

 彼女を恨む気持ちなど全く無い。逆に彼女と戦えて良かったと思うくらいだ。

 片手を振りながら、ボーレは笑った。

 

「いや、そもそも戦いなんてこんなもんだろ。俺だってネフェニーさんを気絶させてたかもしれないし。

 それに本気出してくれたってことだろ? 俺はその方が嬉しいさ」

「・・・・・・」

「だからさ、何にも気にすることねえって!

 良かったらまたやろうな。今度は負けねえから」

「は・・はい」

 ボーレの軽快な声に救われたのか、兜から覗く口元が少し微笑んだ。

 

 問題が一つ解決したところで、ここでようやくネフェニーも傷だらけだったことに、ミストは気付く。

「あ、ごめんね! ネフェニーさんもすぐに治すから」

 杖をかざし、ミストは力を込める。

 温かい日差しのように、癒しの力が体中に染み渡り、傷がすぐさま消え去っていった。

 傷も体力も回復し、ネフェニーは「ありがとう」と微笑んだ。

 

「それにしても、最後のアレ凄かったな! なんつーか、必殺技みたいで恰好良かったぜ」

 のんきな感想を言うボーレに、シノンは辛らつに異議を唱えた。

 

「馬鹿が。一対一ならともかく、乱戦じゃあんなモン無駄に体力使うだけで、役に立ちゃしねえよ。

 お前ももう絶対にするなよ。更に息が上がってるじゃねえか」

「はい。すみません・・・」

 

 以前から戦闘中、疲れが堪って来ると頭に血が上って良く判らなくなることがある。

 戦闘時の恐怖からくるストレスか、元からこういう性格だったのか。だが少なくとも、村にいた時はこんなことはなかったのに。

 恥ずかしさのあまり、ネフェニーは顔を俯かせた。

 そんな彼女を励ますように、ヨファが隣りに寄り添った。

 

「でもネフェニーさん凄かったよ。シノンさんとの連携もばっちりだったじゃない」

 俺が合わせたんだよと言おうと思ったが止めておいた。

 先に彼女に言われたからだ。

 

「シノンさんが・・・合わせて、くれたから」

 

 小さいが、はっきりとした声で、ネフェニーはそう言った。

「当たり前だろうが。補佐なんだからよ」

「でも、とても助かりました」

「やめろ。礼言われたくてやってんじゃねえ。

 そんなこと言うヒマがあったら、助けられるてめぇの未熟さをどうにかしろ」

「はい」

 

「もう! シノンさん。そこまで言うコトないじゃないか」

「そうよ。本当にシノンてば、ひねくれてんだから。

 ちょっとは褒めてみなさいよ」

 

 ヨファとミストの文句など、今更堪えるシノンではない。

 完全に無視を決めこむシノンの代わりに、オスカーとガトリーが絶賛した。

 

「いやそれにしても、本当に凄かったよ。よほど努力をしたんだね」

「戦う姿もとても素敵でしたよ!」

「あ・・ありがとうございます」 

 それに対し、おずおずと頭を下げて礼を言うネフェニー。

 だがそれでも、彼女の憂い顔は晴れない。

 

 先ほどの戦闘を思い返せば返すほど、自分がどれほどの過ちを犯したのか、数え上げるのもキリがないほど浮かび上がってくる。

 そしてネフェニーがもっとも心配している言葉が、耳に入ってきた。

 

「しかしこのままじゃあ、危なっかしくてやってらんねえな」

 

 シノンの言葉に、瞬間、ネフェニーの顔から血の気が引いた。

 やはり自分では、彼と共に戦うには、荷が勝ちすぎたのか。

 

「まあ初めから決めてたことだが、お前は俺の後ろで、俺の補佐をしろ。前に出て余計な手間かけさせんなよ」

「え?」

 思わず顔をあげ、ネフェニーはぽかんとした顔をシノンに見せる。

 そんな彼女の顔を、怪訝な顔でシノンは見つめ返した。

 

「え? じゃねえよ。文句あんのか」

「あの・・このまま、組んでいいんですか?」

「今更何言ってんだ。俺と組むのがそんなに嫌か」

「いえ! 嫌なんじゃなくて・・その・・私でいいのかと」

「やりたくないんなら、わざわざこんな面倒くせえことするか」

 彼は毒舌だが、逆に言えば嘘をつかないとも言える。

 ほうっと安堵のため息をついた瞬間、ネフェニーの膝からがくりと力が抜けた。

 

 ミストの癒しの力は、傷を治し失った体力を回復できるが、精神的なものは対象外だった。

 それまで張り詰めていた緊張が解けたのか、崩れ落ちそうになるネフェニーの身体を、シノンはとっさに支えた。

 その反動で、それまで頭部を守っていた兜が、代わりに落下していった。

 

 ガランと音が鳴る中、全員の視線がネフェニーに集中する。

 

 わずか数名ではあるが、一斉に素顔を見られたネフェニーは、あまりのショックに固まってしまった。

「・・・・・・・・・・あ」

 次の瞬間、かっと頬を染め、シノンの手を振り切り、ネフェニーは全力で走り去っていった。

 

「・・・・・あ、おいこら! 逃げるな!!」

 すでに小さくなったネフェニーの背に、シノンは怒声を浴びせるも、ついに彼女は帰ってこなかった。

 舌打ちしながら視線を戻すと、そこにガトリーが勢いをつけてやってきた。

 

「シノンさん!」

「何だよ」

「美人じゃないっスか!!」

「だからどうした! 俺に言うな」

 

「あーなるほどなあ。だからかよ」

 下からボーレの呆れた声が耳に入る。

 

「あぁ? どういう意味だ。ボーレ」

「あんたが女と組むなんて珍しいと思ってたけど、そういうことか」

「だからどういう意味だって言ってんだよ。はっきり言いやがれ。このクソガキ」

「はっきり言う必要もねえだろ。まああんたも所詮は男だしなあ」

 

 呆れ笑い、少しふらつきながら立ち上がるボーレを、シノンはあらん限りに睨みつける。

 そんな二人を見ながら、ミストはぽんと両手をついた。

 

「あ、そういうことかあ。

 いいんじゃない。ネフェニーさん優しいし綺麗だし」

「ミスト・・てめえなあ・・・」

「シノン」

 続けざまに掛けられる言葉に、シノンは苛立ちながらも答えた。

 

「何だオスカー! お前までふざけたコト抜かしやがったら、ただじゃすまさねえぞ」

「そこまで機嫌の悪い君に、そんなことは言う人はいないと思うけど。

 シノンはネフェニーさんの素顔を知っていたようだな」

 は? と疑問に思ったが、彼女の性格から、あまり素顔を知っている人間は少なそうだ。

 

「まあ・・一度だけなら」

「すごいなあ。私は今日初めてみたんだ。ガトリーやボーレもそれっぽいな。

 なるほど。君は君で、いつの間にか仲良くなっていたんだな」

「んな覚えはねえ。それにヨファだって見てんだろうがよ」

「僕は見てるけど・・」

 ヨファはそこで言葉を止め、代わりににこりと微笑んだ。

 

「でもシノンさんみたいに、会ったその日に見せてもらった訳じゃないよ」

 

 弟子の意味深なその言葉に、周囲に更にどよめきが起こった。

「すごーい。シノン」

「でもシノンのことだから、まさか脅したとかじゃねえだろうな」

「そんなコトないよ。優しかったよ」

「はっ。美人には甘いのかよ。情けねえ」

「くっ・・・シノンさん・・・シノンさんは硬派だと思っていたのに。

 オレの知らないところで、あんな美人と宜しくやっていたなんて」

「シノン。それはそうと、早く彼女に兜を持って追いかけた方がいいんじゃないのか?

 君なら大丈夫そうだし」

 

 

「うるせえよ!! お前ら」

 

 

 好き勝手に放たれる言葉に、だがシノンは、あらん限りの声で反発することしか出来なかった。

 

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