『試戦』4

 

 ボーレの気を一番苛立たせるのは、何といってもシノンの矢だった。

 

(ああうっとうしいなあ。ちくしょうが!)

 

 ここぞというところで、確実に邪魔が入るタイミングが、実にシノンらしい。

 腹立ちまぎれに心の中で叫び、再度間合いを取るために離れた瞬間、ふとボーレの視線がシノンに向かう。

 

 そして、にやりと不敵な笑みを浮かべた。

 

 その笑みの意味が理解できないネフェニーは、隙だらけなボーレを逆に警戒する。

 と、突然ボーレがシノンに向かって駆け出した。

 あまりの出来事に完全に虚をつかれたネフェニーは、しばらく経ってようやくその行動を理解した。

 

 

 

 ――やっと気付きやがったか。遅ぇんだよ馬鹿が――

 

 今回の模擬戦は確かにネフェニーの実力を知ること。そして自分の役目はネフェニーを倒すこと。

 だがシノンに攻撃してはいけない、とは言われていない。

 主体となるものを先に倒すか、周りの補佐を片付けるかは、自分の力次第。

 

 確かにシノンと自分では実力に差があるのは認めるが、彼の武器は弓だ。接近すればその威力は殺したも同然。

 常に接近し、彼の攻撃手段を防げば、幾分楽になるだろう。そして改めてネフェニーと相対すればいい。

 弓を構えていたシノンは、一直線に向かってくるボーレに容赦なく一撃を放つ。

 矢の軌道から僅かに身体を逸らすだけで難なく交わし、手に持つ斧を横に薙いだ。

 

 シノンは地面を蹴り、跳ねる。

 ボーレの斧が空を切る。

 

 彼の素早さに追いつくのは、悔しいが不可能だ。だがこれでいい、後はネフェニーを待つだけ。

 シノンの動きを見張りつつ、ボーレは迫る気配に備えた。

 

 来た。

 

 てっきり突きがくるかと思ったが、それは予想外の出来事だった。

 ネフェニーは一目散にシノンとボーレの間に入り、シノンを庇うように前に出る。

 

 その彼女の行動に、シノンとボーレは同時に固まった。

 その間にも、警戒しているのか、ネフェニーは構え、ボーレをまっすぐ見据える。

 

 ボーレは彼女の考えに少し疑問を持った。

 彼女は全力でシノンを守ろうとしている。それは誰が見ても明らかだ。

 確かに弓兵は素早さを重視するため、頑丈な鎧に身を固めることは出来ない。必然的に攻撃に対して弱くなる。

 故に、壁となる者と組んで戦うなど、補佐も必要となる。

 だが当のシノンはそこまで守ってもらわれるような、やわな男ではないのがボーレの常識だ。

 

 なんかシノンのコト、すっげぇ誤解してねえか? この人。

 

 その守られているシノンを、ボーレはちらりと見つめ、思わず眉をしかめた。

 シノンはシノンで呆れていたが、ボーレが危惧しているほど、不快に思ってはいないようだ。

 それどころか、苦笑交じりに笑っていた。

 嫌味な笑いではない。本当に、ただ呆れているだけの、温かみを感じられるものだった。

 シノンがそんな顔をするのも珍しい。

 これをからかいのネタにすればいいのだが、目の前の二人の雰囲気に呑まれたのか、

 ボーレはただただ、戦いの最中になんて顔してやがんだこの野郎、と腹が立てることしか出来なかった。

 

 

 

 ネフェニーのあまりの行動に、あきれ返って笑うしかないシノンだが、彼女の状態も見逃してはいなかった。

 彼女の肩は、誰が見ても判るほど、大きく上下に動いている。

 

 確かに時間がかかりすぎていた。

 攻撃をする動作とかわす動作。その間にも襲い掛かるダメージにと、着実に彼女の体力は落ちている。

 ここでシノンは、彼女と組む際の注意事項を増やした。

 彼女の欠点は体力のなさだ。持久戦は控えた方がいい。

 ならばやはり、今後は彼女が補佐となり、自分が主体となる方がいいだろう。

 もとよりそのつもりであったし、彼女の連携とならば自分の補佐でも充分だ。彼女の勘の良さを、シノンも認めていた。

 だが今は彼女が主体であり、彼女の攻撃で終わらせなければならない。

 

 さてどうするかと、シノンは弓を構え、彼女の肩越しからボーレを狙う。

 矢を交わしつつ、ボーレはネフェニーに斧を振るう。彼女が交わした隙間を狙い、背後のシノンの間合いに入るのだ。

 だがネフェニーは交わすどころか、その攻撃を受け止めようとしている。

 彼女は何よりもシノンを守り通す気だった。

 馬鹿な、と二人の男は同時に思ったが、ネフェニーは槍の穂先を上手く斧に沿わせて軌道を逸らせる。

 ネフェニーの器用な交わし方にボーレは舌を巻いたが、すぐに逸らされた軌道を持ち直し、再び斧を振るった。

 胴が薙がれ、ぎりっと歯を食いしばると同時に、ネフェニーの瞳が揺らいでいく。

 痛みと共に、彼女の限界がピークに達したのだ。

 

 

 ボーレには残像としか見えない、無数の突きが繰り出される。

 いくら穂先に刃がついていないとはいえ、これだけの突きを食らえばさすがのボーレも堪ったものではない。

 だがあまりにも早い連撃に、もはや防御を取ることすら不可能だった。

 どれくらいの突きが繰り出されたのか、その攻撃が一瞬だがぴたりと止まる。

 しかしそれは、力を凝縮された渾身の一撃の為だと、ボーレはハチガネを砕かれてようやく理解した。

 

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