『試戦』6

 

 兜がないままでは、もはやネフェニーは帰るに帰れない状況だった。

 その前に、シノンに謝りに行かなければ。あんな失礼なコトをしてしまったのだから。

 来た道を戻ろうと踵を返した時、一体いつの間に追いついたのか、兜を手にしたシノンがそこにいた。

 わざわざ持ってきてくれたのか、驚きのあまり謝罪や礼を言えずにいると、シノンの鋭い視線が突き刺さる。

 

「お前は兜が外れれば、戦場でもこうやって逃げる気か?」

「い! いえ・・そんな、ことは」

「当然だ。俺の隣でそんなふざけたことするようなら、叩きのめすぞ」

「・・・・・すみませんでした。本当に」

 うな垂れるネフェニーに、だがシノンは容赦なく言い続ける。

 

「さっきの戦いでは色々と言いたいことがあるが、まずは自分で考えて明日にでも言え」

「はい」

「それとな」

 

 ずいっと突き出された兜を、だがネフェニーは受け取れなかった。

 今ここで兜を取ってどうする。またそれを被り、今度は彼の目から逃げるのか。

 受け取れないまま、自分を見つめるネフェニーを、それ以上の力でシノンは見つめ返した。

 

「目の前に敵がいて、自分を殺そうと迫ってくる。そして自分の手の中には武器がある。

 さあお前はどうする」

 

 いきなりの質問に、ネフェニーはどもりながらなんとか答えた。

「た・・戦い・・ます」

「そうだ。余計なことなんて考えんじゃねえ。ともかくその手にもってる武器で、目の前の奴をぶちのめしてやりゃあいいんだよ。

 最後に信じられるのは自分の力だけだ。他人の力なんざあてにすんな」

 

 何とも原始的で、やけくそな考え方だ。だが根本的に戦いなどそんなものかもしれない。

 ネフェニーの肩から、それまで重く圧し掛かっていた不安が、ゆっくりとだが流れ落ちていった。

 

 

 最初に戦場に出た時、右も左も判らず、何をすればいいのかも判断できず、不安で堪らなかった。

 自分は一体何をすればいいのか。攻撃か、防御か、支援か、逃走か。混乱する戦場で、誰も何も教えてくれない。

 その恐怖がずっとネフェニーの心に根付き、再び戦場に出た時にそれが必ず呼び起こされてしまうのだ。

 だがシノンの言葉で、その不安も薄らいでいった。

 もっとも単純で、もっとも明快な答えを見つけたからだ。

 

 

――こがぁな、簡単なことじゃったんか――

 

 あまりに単純なその理屈に、ネフェニーの口元が思わず緩む。

 

「何がおかしい」

「いえ、戦いって、難しくて、私にはムリかもしれんて、いつも思うとったから」

「兵法だなんだとあるが、突き詰めれば何でも単純なんだよ。

 不安になったら、とにかく一つに集中しろ。それしかねえんだからよ」

「はい。ありがとうございます。頑張ります」

 

 ようやく、ネフェニーの顔から憂いが消えていった。

 世話のやけると愚痴りたくなったが、今はそれでよしとした。

 

「隣であんなガチガチになっちゃあ堪らねえからな。せいぜい頑張ってくれよ」
「は、はい! 気をつけます」

 気を引き締め、真剣な表情で言うネフェニーに、シノンは改めて兜を差し出す。

 

「それと、いい加減お前のその性格もどうにかしろ。しまいにゃ叩き壊すぞこんなモン」

「あ・・ごめんなさい」

 申し訳なさそうに兜を受け取るも、やはり彼女は兜をつけなかった。

 今はむしろ、つけたくなかったのだ。

 

「ま、それだけだ。じゃあな」

 ひとまず言うことを言って満足したのか、シノンは背を向け去っていく。

 

 やがてその背が見えなくなった頃、両手で持ち上げる兜を、ネフェニーは胸元に寄せ、そっとため息をついた。

 

 

 歩きながら、シノンは自分に悪態をついた。

 

「これじゃあ、疑われても仕方ねえなあ・・ちくしょうが」

 

 嫌味を真正面に受け取られては、それはもう意味をなさない。

 世間知らずにもほどがあるが、ひねくれたネフェニーなど、正直みたくはなかった。

 甘やかすわけではないが、彼女には必要以上に辛く当たるのは、無意味なような気がした。

 

 そう思って結局、懐かれてしまった奴がいるのだが。

 

 別に好かれたいとは思わないが、嫌われたい理由も見出せない。

 たった一人の人間に、どうしてここまで気を取られるのか。

 

 シノンは一つの答えを絶対に認める気はなかった。

 馬鹿馬鹿しすぎて、考えたくも無かったのだ。

 それこそ一番無意味なことだと、そう結論付け、それ以降思い出すこともなかった。

 

 

 

 

 親切な人なら沢山いた。嬉しい言葉も沢山もらった。

 それでも、シノンの言葉や態度は、それだけでは当てはまらない。

 故にネフェニーは、彼の言葉の一つ一つが、気になってしょうがなかった。

 

 あの人の言葉を、もっと深く理解したい。

 もっと、あの人を理解したい。

 

 この気持ちの根源がなんなのか、今のネフェニーはあえて考えなかった。

 今はこのままのほうが良い。知ってしまってはいけない。

 知ってしまえば、これ以上に辛くなるのだと、心が無意識にその恐怖を悟っていたのかもしれない。

 

 それでもただ一つ、望むことは。

 せめてこれからも、あの人の言葉が聞けますように。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 続き物になってゆくシノネフェシリーズ。

 ボーレも絡ませて楽しかったです。かませ犬っぽくなりましたが、ボーレ大好きですよ。

 しかしやっぱりシノンさんが甘すぎるよどうしよう。もうすでに決定的じゃないか。

 あとネフェニーやチャップさんに戦い方教えたのは、あの人しかいないと思います。

 同郷のよしみとか、放って置けなくて世話やいてくれるはず。

 それにしても、シノネフェは周りから固めていく方が面白そう、もとい自然そう。

 

 

 

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