『試戦』2
「シノンさん勝ってねー!」
「ネフェニーさん頑張れー!」
ヨファとミストの声援に、だが二人は応える余裕はなかった。
何でこんなことに。シノンは改めて現在の状況を考え直す。
目の前にあるのは刃のない細槍を持つネフェニーの背中。そしてその更に先には模擬戦用の斧を持ち上げるボーレ。
「順番的にいって、ガトリーがボーレの応援か?」
「何言ってんだオスカー! オレはいつだって女性の味方だ! という訳で。
ガンバレー! ネフェニーさん。オレがついてますからー!!」
「ほう・・」
ガトリーの張り切りすぎる声援に、シノンはじろりと睨みつける。
その視線に気がつき、ガトリーは蛇に睨まれた蛙のごとく縮み上がった。
「いやシノンさんはオレがわざわざ応援しなくても充分に強すぎますから!」
「あぁありがとうよ。そのついでな応援が一番ありがたいぜ」
「そんなにひねくれるのは良くないよシノン」
「うるせえオスカー。大体何で、てめぇまでいるんだよ」
「私は審判役なんだ」
いつもの細目を更に細め、シノンの怒鳴り声をオスカーは軽く流した。
「それにしても三人ともそちら側じゃあ、ボーレが可哀想じゃないか。
じゃあ最後で悪いけど、頑張れボーレ」
「うわ・・余計ムカつく」
オスカーのおざなりな応援に、ボーレも遠慮なく悪態をついた。
※
そもそも何故こんなことになったのか。
最初にヨファがしたことは、ネフェニーに説明することだった。
彼女は彼女で、やはり話し合いはあった方がいいと考えていたらしい。ヨファの言葉に喜んで賛成した。
そしてお互いの実力を知る為には、何が一番いいかを一緒に考えていると、そこにオスカーが来たことが最大の原因だった。
『じゃあ、模擬戦をすればいい』
軽く言った一言に、ヨファはさっそく行動に移した。
模擬戦といっても、お互いが戦うのではなく、誰か相手を決めて共に戦うのがいいだろう。
そうすれば自然と近くにいることも出来るし、お互いを意識してくれるしと好都合だ。
では相手は誰がいいだろうか。
同等の実力を持ち、遠慮せず戦え、かつ気心の知れたものがいい。
するとまっさきに思い浮かんだのが自分の次兄であった。
ネフェニーとの実力には差があるかもしれないが、シノンと組むのならその差がある方がいい。
それにボーレも次の作戦に参加する一員だ。同じ戦場に立つもの同士、少しでも分かり合えればいいに越したことはない。
さっそくボーレに話したところ、ネフェニーはともかくシノンと戦えるのならと、意外に乗り気であった。
そしてネフェニーにも再度説明をし、了承を得た所で、最後にシノンに強制、もとい説明をしたのが昨日の出来事。
どうしてあいつは、こうも行動力があるんだろうなと、シノンはつくづく思う。
その話を聞きつけ『大怪我したら大変だから』とミストが。
『ネフェニーさんを拝めるチャンス、じゃなかったシノンさんの活躍の場を拝めるんなら』とガトリーまで観客にきたらしい。
そしてオスカーは、きっかけを作ったことに多少なりとも責任を感じているのか、自ら審判役をかって出たのだった。
そして今、外の広間で自分はこうして彼女の後ろに控えることとなる。
実力を知るならば、一番手っ取り早いのは、シノンがネフェニーの実力を把握することだろう。
ネフェニーではシノンの実力を全て把握するのは、経験的にムリである。
だがシノンならば、彼女の大体の実力を把握することは、それほど難しいことではない。
そしてそれを踏まえて、実戦でどう動けばいいのかを考えるのだ。
そうヨファが言っていたが、半分はオスカーの入れ知恵だろうというコトは、容易に想像がついた。
相変わらず外見とは違って抜け目ねえ、とシノンは心の中で舌打ちをした。
「おい、早く動け」
苛立ちと共に言い放たれる言葉に、ネフェニーはびくりと肩を竦ませる。
「そんなガチガチでどうすんだよ。いっつもそんなんで戦ってんのか?」
「す、すみません・・・」
「いいから動け。お前の実力を知る為なんだから、お前が主体だ」
「はい」
数回深呼吸した後、ネフェニーは構えに入った。
ボーレはやっとネフェニーが戦闘態勢に入るのを、嬉々として見守り続けた。
今回の模擬戦は彼女を倒すこと。残念ながら目当てのシノンは完全にサポートに回るので対象外だ。
最初は残念だったが、ネフェニーの実力をじっくりみれるのだからと、ボーレは新たに楽しみを見つけた。
ボーレは最初から、女性だからと油断してはいないし、弱いとも思っていない。
これまでの度重なる激戦を、共にくぐり抜けてきた戦友として、ボーレは彼女を認めていた。
ネフェニーと話す機会はあまりなかったが、彼女とよくいる同郷のチャップと仲良くなっていた頃、ネフェニーの話は少しは出てきた。
その頃は、そういえばヨファが懐いていたな、くらいしか思っておらず、特に気にもとめることはなかったが。
だがこうして、戦える機会に恵まれたことで、ボーレは彼女に対して改めて意識を深めた。
一年弱前はただの民間人が、果たしてどれくらいの強さを持つことが出来たのか。
生粋の戦士であるボーレは、新たな強さを拝めることが、何よりの楽しみの一つであった。