すれ違い3
ビーデルの歓迎を受ける18号の視線が、屋敷の入り口を一周した。
この家に用があって来るのは二度目だ。
その最初の訪問が、半強盗まがいで大金をせしめたことであるのは言うまでも無い。
そんな光景を見ることもなかった幸運な娘は、いつもの快活な笑顔で中に促した。
「どうぞ。あ、始める前にお茶にします?」
「いや、さっさと始めてそれからゆっくりさせてもらうよ」
「そうですね」
「ところで、あんたの父親はわたしのコーチをどう思ってるんだい?」
部屋の奥を見つめながら、18号の口元が引き締まる。
もしも反対ならば、まず家にも入れさせないだろう。
まあ反対していてもこちらに怯えて出てこないのかもしれないが、
流石に娘を目の前にしてその父親を卑下するつもりはなかった。
「パパにも一応伝えていますよ。難しい顔してましたけど」
ビーデルの笑顔が一層深まった。
「でも、18号さんくらいの強さなら、私のコーチに充分だろうって」
つまり、わたしはあのおっさんに認められたということか。
ビーデルに負けないくらいのご機嫌な笑顔で、18号はこう言い放った。
「一体、どの面下げてそんなことがほざけたのか、一度見てみたいもんだね」
「そう言うだろうと思って、今日はとっくに出て行きました」
ちっ、とあからさまな舌打ちと共に、18号はずかずかとビーデル宅に乗り込んでいった。
※
「まずはあんたの技量を確かめようか。
でもダラダラとするのは嫌いだから、勝ち負けで判定しよう。
まあ、あんたの実力はあの大会で見てたから、大体は把握してるけどね」
「組み手をするんですか?」
「そうだな。手っ取り早くわたしに一度でも攻撃できたらあんたの勝ち。わたしはあんたの攻撃を避けるだけ。
制限時間は三十分。でも五分に一回は攻撃するからね。
心配ないよ。死なない程度にしてやるからさ」
少し見下したような言い方も、ビーデルは冷静に挑発だと受け止めた。
「判りました。でも、舞空術とかは勘弁して下さいね」
「判った判った」
かなりの広さのある部屋の中心で間合いをとり、戦闘態勢に入る女性が二人。
ビーデルは少し腰を落とし、左手の掌を18号に向け、顔の高さに上げる。
拳を握る一歩手前の形で、人差し指と親指の間から、18号の冷たい表情が確認できた。
右手は腰の辺りで、すでに拳は握られていた。
右手にゆっくりと、力が込められていく。
反対に左手は、まるで小鳥を抱くように柔らかく脱力していった。
少し猫背ぎみに曲げられた身体から、一瞬にして力が瞬発し、あっという間に18号の目の前まで迫る。
まず込められた力をのせて、右手が彼女の身体の中心に向かっていったが、ギリギリの所でかわされた。
それを見越して第二撃目の左手が、まるで鞭のようにしなりながら18号の顔面に向かった。
鋭い攻撃が、顔面から首下に向かうように落ちていく。
身体の中心に向かえば向かうほど、攻撃は避けにくくなる。
彼女の身体は最初の一撃を避けた瞬間だ。それから更に攻撃を避けるのは難しいだろう。
だがこの持論はあくまで、彼女と自分の素早さが同一だということが絶対条件だ。
彼女の姿を見失ったのは、その考えが脳裏を過ぎった後だった。
流された攻撃は宙を過ぎ行き、左手がだらりと床に向けられる。
その姿勢のまま、ビーデルは必死に18号の姿を追った。
「おっそいねえ」
真横でくすくすと澄んだ声で笑われるも、ビーデルはすかさず身体を半回転し、片足を高々とあげる。
回転力を乗せた蹴りも、18号は少し身体を反らしただけで易々とかわしながら、口を開いた。
「五分」
五分。
その言葉が、開始の合図となった。