『共闘』
その部屋の扉を開けたとき、予想外の人間がいたことに驚くも、だがシノンは平静を装いながら部屋の主を見据えた。
部屋の隅で待機する赤い髪の女騎士と、主の隣りに控える黒の魔道士。
そして部屋の主であり、この傭兵団の団長であり、ついにはクリミアの将軍となったこの若造はまだ判る。
だが何故、こいつまでいる?
「時間厳守です」
黒の魔道士、セネリオが淡々と注意する。
「はいはい。悪かったよ。で? 何でまたオレを呼んだんだ?」
反省の言葉を唱えているも、視線は一切送らず、全く悪びれる事も無く蒼い髪の青年アイクに、シノンは訊ねた。
そんな彼の性格を把握しているアイクは、何事も無くこくりと頷く。
「次の戦いは地形状、騎兵隊などが不利になるため、歩兵中心で行うことになった」
「ふうん。そうかいそうかい。わざわざ呼んでくれたってコトは、こんなオレも加えて頂けるって訳か?」
「ああもちろん。期待している」
こちらの嫌味に嫌味で返すようなこ狡さを、残念ながらこの青年は持ちえていない。
だがそれが、返ってシノンの癇に障ったのは言うまでもなかった。
不穏な気配を感じ取ってか、それまで無言だった赤い髪の女騎士、ティアマトが微笑みながら説明を続ける。
「しかも今回の作戦は、迅速かつ俊敏に行動できる人が最優先なのよ。尚更貴方には適任ね」
「・・なるほど。だからこいつもいるのか」
シノンの視線が、ようやく彼女に向かった。
まるで消えてしまいたいように縮こまり、始終俯き具合でただじっとしている青い鎧の女性。
「ええ。ネフェニーにも当然加わってもらうわ」
作戦の内容として、彼女も適任であるのは充分理解できる。
だが何故、自分と彼女のみがこの部屋に呼ばれるのか、それが理解出来なかった。
シノンのそんな無言の訴えに、だがティアマトは珍しく躊躇していた。
しかしその間も惜しいのか、すかさずセネリオがやはり淡々と答える。
「つきましては、あなた方は二人一組となり、作戦遂行に当たって頂きます」
「・・・・・・・・・・・・・あ?」
一気にガラの悪くなる口調で、シノンは聞き返した。
「人の話はちゃんと聞くものです。二度は言いませんよ」
「オレにこいつと組めだと? 本気か? ちっとは良く考えろよ!」
「少なくとも、貴方以上に考えて出した結果です」
並みの人間なら一瞬で怯むようなドスの利いた声に、だがセネリオの顔は何の変化もなく、いつものように整っていた。
その整いすぎる顔立ちが、アイクの方にゆっくりと向かう。
「アイク。貴方からも何か言って下さい。
面白がっている場合ではありません」
「ん? 俺は別に面白がっていないぞ」
「顔を見れば判ります」
だがその顔を見ても、少なくともシノンとネフェニーには理解できなかった。
彼の言葉に後押しされたのか、それともこの不毛な話し合いをさっさと終わらせたかったのか、アイクは彼の言葉に従った。
「とにかくシノン。そっちからも色々言いたいことはあると思うが、これは協議した結果だ。それに俺もいいと思う」
「けっ。何だかんだ言っても、どうせ最後は団長命令だろうが。
ゴタゴタ言ってねえで、早くそう言えよ」
「だったら最初から、ここに呼んではいない」
そうきっぱりと言い切るアイクに、シノンは一瞬口をつぐんだ。
今はこれ以上言う意味はないと判断し、だが聞こえない程度に小さな舌打ちをかます。
「では、作戦決行の日まで、万全な体制を整えていてくれ。以上だ」
※
アイクの言葉もセネリオの態度も、シノンのはらわたを煮えらせるのに、充分な燃料であった。
部屋を出て大股で自室に帰ろうとした時、ふいに背後から自分を呼ぶ声がする。
面倒そうに振り返ると、そこにいたのはティアマトだった。
「やっぱりそんな顔すると思ったわ」
呆れ笑い、少しいい? と場所を移すよう指先で指示する。
シノンはそれに、黙って従った。
人があまりこないような、建物の陰に隠れながら、改めて二人は互いを見る。
「で? 何の話だよ」
「決まってるでしょう。さっきの話よ」
ああ、と空を仰いでシノンは吐き捨てた。
「あの坊やはともかく、セネリオとあんたがいながら、何でこんな結果になったんだよ」
「アイクも言っていたでしょう。協議した結果だって。
ちなみにこの案を出したのはセネリオなのよ。
私も最初は驚いたけど、今回の作戦内容からすれば、充分に的確な人選だわ」
「そうかねぇ・・・。オレはそう思わねえけど」
渋るシノンを見つめながら、ティアマトの笑顔に少し含みが見え始めた。
「貴方が渋る理由、判るわよ。
大体それが最初に問題になったところだもの」
「・・・・・・・・・・・だったら何でだよ」
「それを補えるほど、二人が組むメリットがあるという結論に至ったからよ」
「はっ。他人事だと思って勝手なことを」
「そうね。貴方にとっては他人事じゃないわよね」
少し落とされた彼女の声に、シノンは改めて視線をまっすぐ向けた。
「何が言いたい」
「ネフェニーと組むのを嫌がったのは、彼女が嫌なんじゃなくて、彼女が心配だったんでしょう?
貴方の傍にいれば、余計な危険が常に付きまとうもの。
ガトリーとならその点、余計な気苦労を抱えなくてもいいわよね。
でも彼女は重歩兵のようなタフさはない。もっと言えば女性だから、どうしても体格的な欠点があるでしょう。
だから尚更自分と組ませたくなかった。違う?」
挑発でもなんでもなく、彼女は心からシノンの考えを読み取ろうとしていた。
悔しいが、彼女の言葉は全て真実だった。
自分は敵を寄せ付ける。そんな中、あんな華奢なネフェニーが傍にいればどうなるか。
無言を肯定として受け取ったのか、ティアマトはさらに優しく微笑んだ。
「あなたのそのぶっきらぼうな優しさ、それはそれでいいと思うし、私は嫌いじゃないわ。
でもね。シノン」
「あん?」
「泣かせちゃ駄目よ」
その言葉に、シノンは明らかに動揺しているのが見て取れた。
あまりにも意外な反応に、思わずティアマトは噴き出してしまった。
「あんたな・・・」
「ごめ・・ごめん・・・。ごめん、なさ・・くっ!」
せめて顔を逸らしているが、震える肩がそれを台無しにする。
そんなティアマトに怒る気も失せ、シノンはネフェニーを探しに行った。