『共闘』2
石畳の廊下の角から、その人物が姿を現したのを見て、チャップは思わず名前を呼んだ。
「おお、ネフェニー」
瞬間、びくりと肩を縮ませ、慌てて背後を振り向くネフェニー。
何事かと近づくも、彼女はすぐにこちらを向いた。
いつもの彼女の笑顔だが、決定的に違うのは、擦りすぎた為に赤くなった目元だった。
「どうした? そがぁに目を赤ぉして」
「え、いや、ちぃと・・・目にゴミが」
「ネフェニー。わしにゃぁ嘘はつかんでくれ」
言葉につまるネフェニーに、まあこっちに来いと手招きをして、人通りの少なそうな場所に移動する二人。
座れそうな所に各自座り、少し落ち着かせてから、チャップは話を切り出した。
「さっき呼ばれとったけど、それが原因かい?」
「・・私が、みな悪いんじゃ。
私が、弱いから」
そして、ぽつりぽつりと、先ほど会議室で見た一連を説明した。
「い、嫌がるんも、無理ないしねぇ。
シノンさんと私じゃあ、実力が違うし」
膝に添えていた手を離し、ぎゅっと組みながら、再びこみ上げて来る悲しみを必死で押し殺す。
あの会議室の時と同じように。
「一緒に戦ったことなんて無いから、勝手も判らんかろうし、足手まといにもなるじゃろうし」
必死に耐えているも、だが目の端からは、じわりと涙が溢れ、零れ落ちた。
「みんなよりも弱いって。判っとるんに。
判りきっとるんに。何でこがぁな、勝手に泣いてるんじゃろうね。私は」
「ネフェニー・・・」
それは、認めてもらえない悔しさに他ならない。
彼女は自分が思っているほど、決して弱くはない。
むしろ実力は伸び続け、いまや前線でも充分に活躍できるほどの腕前だ。
だが持ち続けた劣等感が、それを自覚させてはくれなかった。
しかしそれを払拭させる出来事が起こり、彼女の内も少しずつ変化し、自分の実力を実感できるようになっていた
その払拭させてくれた人物に、ネフェニーは否定されたのだ。
他の誰でも無く、その人物に拒否され、ネフェニーの自信は以前よりも更に壊れてしまったようだ。
限りなく、悪い展開だった。
「わしゃあ誤解じゃゆぅて思うぞ」
「・・・え?」
「ネフェニー。お前さんは強いぞ。決して弱くはなぁで。
ほいで強い人はな、相手の強さもちゃんと判るもんじゃ。
わしが判るんじゃ。わしより強いシノンさんが、判らんはずが無い」
「そんな・・コト」
「信じらりゃあせんか?」
そんなことはないと、ネフェニーは首を横に振り、ほんの少し笑顔を取り戻した。
「ありがとう。チャップさん」
だがそれで彼女の陰りが完全に消え去ったわけではない。
こりゃあ、やっぱしシノンさんじゃないとなぁ、と思い始めていると、チャップは遠くの方で何かを捉えた。
「シノンさん。何しとるんじゃ? そがぁな所で」
その言葉に姿を表したのは。
散々探しまくってようやく見つけたと思ったら、何だか二人の間に入り辛くなり立ち往生している不機嫌なシノンだった。
※
「おっさん。そいつ借りるぞ」
挨拶も無しに顎で指され、ネフェニーは思わずたじろぐ。
その様子にシノンは苛立ちながら、少し声を荒げた。
「今後のことで話があんだよ。さっさと来い」
「は・・はい」
そろそろと立ち上がるネフェニーと同時に、チャップが言葉を挟んだ。
「シノンさん。一つだけお願いがあるんじゃが」
「あ?」
「優しゅう言ってくれ」
先ほどのティアマトの言葉と同じく、シノンは動揺した。
それと同時に自分の異様な苛立ちを改めて感じとり、少し呼吸を整えてみる。
ようやく、自分の中の乱れを落ち着かせることができた。
「ああ。気をつけるよ。悪かったな」
シノンの雰囲気が急に柔らかくなったのを感じ、ネフェニーは思わずチャップを振り向く。
チャップは微笑んで、行って来いと促した。
礼の意味も込めてこくりと頷き、ネフェニーはシノンの後をついていった。
落ち着き場所を見つけ、改めてシノンはネフェニーを見て、心の中で焦りを感じた。
――本当に泣いてやがった・・・――
充血した瞳が、こちらを探るように見つめている。
泣かせるつもりは全くなかった。そういう意味で言った訳ではないのだから当たり前だ。
女性に泣かれること自体、非常に面倒だということは自覚しているが、そもそも彼女のようなタイプとはあまり関わらないせいか、
シノンはネフェニーの対応に異常に困惑していた。
だがそう思えば思うほど、どんどん自分のふがいなさに腹が立ち、ついには開き直ってしまった。
「あのな。最初に言っておくぞ」
「はあ・・」
「オレはお前が嫌なんじゃなくて、オレに問題があるんだよ」
「・・・・・・・・?」
意味が判らず、ネフェニーは小首を傾げるしか出来なかった。
「オレはな、敵を寄せ付けるんだ。
そんなオレと一緒にいてみろ。今まで以上に戦う羽目になる。耐えられるのか? お前に」
「そう・・だったんですか?」
自分は近距離。彼は遠距離タイプだ。戦う場所がそもそも違う。
共に行動していない彼女は、彼の周囲の危険性を理解できなかった。
ああ、だからなのかと、ネフェニーはチャップの言葉の正しさに感謝し、また己の勘違いを恥じて頭を下げた。
「ごめんなさい。誤解してました」
「謝んな。説明してねぇオレも悪かったんだからよ」
「でも、命令ですから」
真剣なネフェニーの態度に、シノンも彼女に合わせた。
「そうだな。オレたちに拒否権はねえ。
嫌なら出て行くしかねぇしな」
「私は・・命令に従います。
足手まといになると、思いますけど。でも、頑張ります」
「――覚悟は出来てるのか?」
こくんと頷く彼女の目を見て、シノンも彼女の無言の質問に答えた。
本当に、自分でいいのか――と。
「なら、お前と組もう」
その言葉に安堵するも、これからの戦いに、自分の実力がどれほど通用するのか、新しい緊張が彼女の顔を強張らせていた。
その緊張を解かせるように、少し優しくシノンは言って聞かせる。
「安心しろ。お前と組む以上、絶対に死なせたりはしねぇよ」
自分なりに、覚悟と決意を彼女に示したかったのかもしれない。
自信を持って、シノンはそう断言した。
「じゃあ、私もシノンさんを守ります」
予想外の返事に、シノンは目を見開いた。
彼女が冗談を言ったとは思えない。その真剣な表情を見れば明らかだ。
「・・・はっ。女に守られるってのもなぁ」
視線を逸らして、シノンはいつもの皮肉を口にする。
だがネフェニーは更に声を上げた。
「私だって、シノンさんと組む以上、絶対に死なせとぉなぁ」
一歩、ネフェニーは近づく。
間近に迫る彼女の顔に、シノンは、自分以上の決意に満ちたネフェニーの気持ちを感じ取った。
「じゃけぇ、生きて、一緒にいのう」
実力が伴わなければ、死ぬしかない。
だから生きる為には、強くなるしかない。
死にたくはない。
絶対に生き残ってやると、その気持ちだけを胸に、今日まで生きていた。
だが。
生きて欲しいと願われるのが、それ以上の支えとなることを、シノンは思い出した。
「あのな」
「はい」
「『いのう』って、どういう意味だ?」
あっ、と両手で口をふさぎ、訛りを出していたことに、ネフェニーは顔を赤くした。
「あ・・あの。私」
「いいって。無理すんな。オレの前でも普通に喋れよ」
「でも・・」
「オレは笑わねぇだろうが」
言い切るシノンの言葉に、ネフェニーの両手が、おもむろに下ろされていった。
「帰ろう・・・って、意味です」
「そうか。判んなかったらまた聞くからな。それくらい良いだろ」
「はい」
「それと」
「・・・・・?」
「約束するよ。生きて、一緒に帰るってな」
シノンの右手が差し出される。
ネフェニーはそれを、両手で優しく握りしめた。
「はい!」
それはいつもの、ネフェニーの笑顔。
だがシノンにとっては、最高の笑顔だった。
あとがき
コンビ結成に至るまでの二人。
そもそもシノンさんが『挑発』外せばいいだけの話なんですが、
『挑発』外したシノンさんなんて、シノンさんじゃねえということで。
あとチャップさんがいないとシノネフェが成り立たないというぐらい活躍してますね。ありがとうチャップさん。
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