『氷解』

 

 

 その時、シノンはうんざりとした表情を隠すこともなく、目の前の弟子の背中を追っていた。

 一度は見切りをつけた傭兵団に、再び戻ってきたことで、何か問題があった訳ではない。

 

 いや、問題はあった。

                           

 傭兵団の団員が増えていたのである。

 確かにここから離れて何ヶ月か経ち、その間の出来事などに興味はないが、その期間に様々な人種が加わっていた。

 ヨファはその団員に、自分のことを紹介したいと言う。

 

 面倒だから嫌だと言っても、入ってきた者はみんなそうしているし、これはアイクお兄ちゃんも言ってるんだよと力説され、

 遠まわしな団長命令にしぶしぶ承諾する羽目となった。

 んなモンやってる場合かと文句の一つも言いたくなったが、現在少し時間の空きも出来てしまった。

 それを機会に行こう行こうとうるさくせがまれ、早々に降参してしまった事が、今さらながらに悔やまれる。

 何人いるのか考えるのも億劫になり、案内役をかって出たヨファの、嬉々として目の前を歩いている様を眺めながら、

 シノンは心ココにあらずな心境に陥っていた。

 

「本当に全員にすんのか」

「全員だよ」

「うっわ。マジかよ面倒くせえ。

 やっぱり止めた。帰るわ」

 くるりと振り向き、もと来た道を戻ろうとする師匠の袖を、弟子は両手でしっかりと掴み上げる。

 

「駄目だよシノンさん。挨拶するだけじゃないか。

 まあ一度に全員にしても覚えらんないだろうから、少しずつは?」

「・・それも面倒だな」

「じゃあ、どうすりゃいいのさ」

「だからしなけりゃいいだろう」

「駄目だって。みんなのこと覚えてなきゃ、戦いの時に敵味方が判んなくなって混乱するじゃないか」

「そりゃお前だけだ」

 

 言い放ち、ヨファの手をするりと逃れて、シノンはやはり引き返した。

 大体、傭兵団に戻ってから、一通りはこの中にいる人物は目にしている。

 シノンはそれで充分だった。

 まあシノンが良くても、相手が覚えられないという難点があるが、彼からすればどうでも良かった。

 

「シノンさん待ってよ。一人だけでもいいから」

「だから、何だってお前はそこに拘るんだよ」

「だって・・・」

 むう、と上目遣いでヨファは口を閉ざした。

 

 彼のことをもっと沢山の人に知ってもらいたい。と言ったところで、この人はそれをよしとしないだろう。

 だが知ってもらいたいのだ。自分の尊敬する師の素晴らしさを。ぶっきらぼうだか確かにある優しさを。

 訝しげに見下ろすシノンの視線をまっすぐ見つめていると、ふと視界の端に誰かの影を捉えた。

 

「あ! シノンさんシノンさん」

「なんだよ。連呼すんな」

「あそこにいる人はね、チャップさんとネフェニーさんって言うんだよ」

 ヨファの指差す方に視線を向ける。

 そこには親子ほどに歳の離れた中年の男性と若い女性という、何ともちくはぐな二人組が歩いていた。

 

「ね、挨拶にいこ」

「お前も本当にしつけぇなぁ・・・。

 判ったよ。あいつらだけだからな」

 

 はあとため息をつきながらの言葉に、ヨファは弾けるように駆けて入った。

 

 

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