『その後の事実』
部屋に入ろうとした。
だが出来なかった。
両親がいたからだ。
自分の両親は仲が良い。
誇張でもなんでもなく、本当に仲が良い。
母は普段こそあまりそういう姿をみせないが、私は知っている。
父と二人きりになった時、母は父から離れない。
いつまでもずっと、離れない。
小さい頃からそうだった。そして今もそうだった。
父に軽くキスをする母は、本当に嬉しそうだった。
※
「ねえ叔父さん」
隣りに座る17号に、マーロンは何気なく言葉を掛ける。
彼は母の双子の弟だ。
その中で一番似ているその顔が、ゆっくりとこちらを振り向いた。
澄みきった空色の瞳が、まっすぐに自分を見つめる。
顔もそうだが、性格も母と似たところは沢山ある。
それを指摘すると絶対に否定すると、父とこっそり笑いあったこともあった。
双子だからという訳ではなく、本当に似た者同士なのだろう。
でも、まだまだ知らないところは沢山ある。
そんなところを見つけ出すのが、マーロンの昔からの楽しみだった。
そんな、何でもない気持ちだった。
その時までは、確かに他意はなかった。
「叔父さんて」
キス好き?
そう聞こうと口を開いたが、直前でいくらなんでも唐突過ぎると思い至る。
「えと・・・」
どう聞こう。
「何だ?」
言いそびれている内に痺れを切らしたのか、少し眉を顰めながら逆に彼から問い掛けられてしまった。
それに焦ったのか、ぱっと思いついたことを、マーロンは口走った。
「叔父さんて、キスしたことある?」
更に唐突過ぎてしまった。
案の定17号は更に眉を顰め、怪訝な顔をして後ずさっていく。
言った瞬間、猛烈な後悔がマーロンを襲った。
――ど、どうしよう。どうしよう。何てこと聞いちゃったんだろう。っていうか何聞いてんだろう。
叔父さんも何か難しい顔しちゃってるし、この後何て言おう――
焦り続けるあまり、言葉がなかなか出て来ず、逆にそれが場の雰囲気を一層悪化していった。
対して17号は、
実はマーロン以上に焦っていた。
――バレたのか――
マーロンの言葉を聞いた瞬間、まず思ったことがそれだった。
それは数年前、まだマーロンが生後間もない赤子だった頃。
何故か子守を任され、気を抜いた瞬間、マーロンに髪を掴まれ、
引っ張られた勢いに合わせて、唇が重なってしまった。
正直に言えば、自分はそれを口付けとは思っていない。
思うにしては、あまりにも馬鹿馬鹿しい出来事だった。
だがこの娘の立場なら、そんなことは言えないだろう。
――知ったのか。アレを――
しかし、それはあくまでマーロンが赤子だった時の話だ。
あんな小さな時の記憶を、そんなに鮮明に覚えているだろうか。
本人が覚えていなくとも、誰かに教えられたという可能性もある。
だがあの時、誰かに見られていたはずはない。
あの時は母親である18号しかいなかった。彼女にもし見られたとしたら、黙っているはずもない。
ならばやはり、マーロンが覚えていたのだろうか。
それを知って、あえてこんな質問をしたのだろうか。
自分がそれを覚えているか、カマをかけて。
この娘は普通の、身内の贔屓目を差し引いても、とても可愛い女の子だ。
しかしとても良く人を見ている。
そして恐ろしく勘が鋭い。
だからこそ必要以上に考えてしまうのだ。
マーロンになら、バレてもおかしくないと。
ここまでざっと数秒で纏め上げ、やがてふうとため息をついた。
「ああ」
少しぶっきらぼうに、17号は最初の問いに答えた。
この身体にされる前の記憶はない。
そしてこの身体にされた以降、あれが口付けと呼べる行為ならば、それは後にも先にもマーロンとだけだった。
バレてもバレていなくとも、これが真実なのだ。
そもそも、彼女に隠し事など無駄なことだった。
だが意外にも、マーロンは彼を凝視していた。
初耳だとその表情が伝えていた。
「・・・・・・・・・・・え?」
「だから、したって」
「あ・・・・・・・・・・・、そ、そう・・なんだ」
17号は気づかなかったが、マーロンの顔が少し青ざめていった。
「い・・今、付き合ってる人と?」
「は? いないぞ。そんなもの」
「じ、じゃあ・・・、前に、付き合ってた人とか?
そ、そうだよね。いるよね。叔父さん恰好良いし、す、素敵だし、いない方がおかしいもんね」
なにやら話しがおかしな方向に向かっている。
そう気づいたのは、マーロンが勢いを付けて立ち上がった時だった。
「お茶、冷めちゃったから、新しいの淹れてくる」
すっと差し出された手が、微かにだが震えていた。
「おい」
それを掴もうとした時、その前にマーロンの手が素早く動いた。
彼女に触れるのを拒絶されたのは初めてだった。
彼に差し出された手を拒絶したのは初めてだった。
でもその手は、かつて自分の知らない人を愛した手なのだ。
そんな手に、触れたくなかった。
そして、そんな勝手な気持ちを持ってしまった事を彼に知られたくなくて、マーロンは走り去ろうとした。
「待て!」
だがそれを17号は引き止める。
訳が判らないが、このまま彼女を行かせるのは、極めてまずいという事ははっきりと判った。
「どうしたんだ一体!」
こちらに振り向かせる17号の顔を、だがマーロンは直視できなかった。
流れる涙を見せたくなくて、必死に顔を逸らす。
彼がどう生きようが、彼の自由のはずだ。
自分はそれを、束縛する権利は無い。
たとえこの人が誰を愛そうとも、自分はそれを邪魔する権利は無いのだ。
言葉では判っているのに。
心にそう決めたのに。
涙だけは、自分の気持ちを代わりに伝えていた。
愛している。
愛されたい。
他の人となんて嫌だ。
「・・・・・・・お前、何か勘違いしていないか」
頬に手が触れ、流れる涙は乱暴に拭い取られる。
「どうやら覚えていなかったようだな」
「・・・・・・・なに、が?」
少しだけ叔父の顔を見たマーロンは、彼がとても困惑している様だと今気がついた。
「お前だよ」
「・・・え?」
「昔のことは覚えてないけどな、
覚えている中で俺がしたのはお前とだけだ。他はない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
今度の反応は随分と時間がかかった。
――本当に覚えてなかったんだな。
まあ、普通に考えれば当然といえば当然か――
今度は17号が気まずそうに目を逸らし、そして事実を語った。
やはりマーロンは初めて知ったようだった。
「わ・・私、そんなことしちゃったの?」
驚きと困惑がない交ぜになったような顔で、マーロンはその事実をゆっくりと自分の中で整理していく。
そんな中、17号の言葉が続いた。
「悪かったな」
「?」
「お前、昔言ってただろ。
初めてのは一番好きな奴とするって」
「・・・・・あ」
それは覚えている。確かに昔、母にそう言った。
父にキスをする母があんまり幸せそうだったから、私もいつかそうしたいという意味を込めて。
「まあ、あんなのキスの内にも入らないだろうけどな。
お前だって嫌だろう。初めてが俺じゃあな」
「いっ! い・・・嫌じゃない!!」
思わず、そう声を出してしまった。
ただ彼にだけは、そんな誤解をしてほしくない一心で。
「初めてが叔父さんで、すっごく・・・嬉しい」
「・・・・・・・・・・・」
「私、叔父さんのこと、だ、大好きだから。
だから、嫌じゃないから・・・」
語尾がどんどん小さくなっていくも、マーロンははっきりとそう告げた。
暫く続く沈黙のあと、マーロンはそれを後悔した。
私が良くても、彼はどうなのだ。
自分の気持ちだけで頭が一杯になり過ぎて、彼の気持ちを全く考えてはいなかった。
「ご、ごめんなさい!」
いきなり謝るマーロンに、だが17号は見ているだけだった。
「私だけ良くてもいけないよね。
それに子供の頃でも、変なことしてごめんなさい」
この人のことは好きだ。
初めてのキスがこの人で、本当に嬉しい。
でも、それで嫌な気持ちには、なってほしくなかった。
「俺も嫌じゃない」
その言葉に、自分が顔を上げるのが先だったか、彼が上げさせたのか判らぬ内に。
唇が塞がれていた。
やがてゆっくりと離された叔父の顔は、とても優しかった。
「嫌いな奴にこんなことはしないぞ」
瞬間。
マーロンはぺたりとその場にしゃがみ込んでしまった。
驚き、慌てて17号はマーロンの肩を掴み上げた。
「お、おい」
「・・び、びっくりして」
腰が抜けたようだ。
呆れた安堵のため息をつく17号を、マーロンはじっと見つめる。
「本当?」
「何が?」
「嫌じゃ、ない?」
「信じられないのなら、もう一度してやろうか?」
返答がないまま、17号はもう一度顔を近づけ、軽く口付ける。
「嫌ならしない」
優しく笑う17号に、今度はマーロンが口付けた。
「・・・・・嬉しい」
そして精一杯彼を抱きしめた。
「叔父さん。ありがとう・・・」
そんな彼女を、17号も抱きしめ返した。
礼を言うのは、俺の方だ。
ありがとう。
俺を否定しないでくれて。
俺を受け入れてくれて。
こんな気持ちを教えてくれて。
お前がいなければ、何も出来なかった。
(了)
あとがき
徒然漫画とある真実のその後のお話。
これからこの二人がどれほどいちゃつくのか、想像するまでもありません。
そして叔父さんのテクがどれほど凄いのか、この時のマーロンちゃんは知る由もありません。
色んな意味でショックを受けるマーロンちゃんに、開き直った叔父さんは容赦ありません。
何だか叔父マロという作品は、これからが真骨頂のような気がします。
でも書くと絶対18禁だなこりゃ・・・。
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