『睡臥』

 

 その家に入った瞬間、17号は怪訝そうに眉を顰めた。

 原因はソファの上で横になっている姪だった。

 家人は他におらず、たった一人で暢気に居眠りをするマーロン。

 こんな誰も来ないような所では無警戒になるのも判るが、こうして自分がいきなり来る時もあるのだ。

 年頃の娘としては、無防備にも程がある。

 起きる瞬間を狙って何か言ってやろうかと思い、そろりと近づき、

「・・・ん」

 少し身動ぎ、マーロンの口元から吐息にも似た声がこぼれたと同時に、17号の動きも止まった。

 起きるか?

 だがすぐに別の言葉が聞こえた。

「・・・・・・・・叔父さん・・・・・」

 うっすらと微笑み、マーロンは次の言葉を惜しげもなく口にした。

「大好き・・・・・」

 17号の心から、苛立ちは消えていた。

 代わりに、別の感情が湧き上がる。

 17号も微笑んでいた。

 だが普通の微笑みではない。

 むしろ、口の端をにんまりと持ち上げるのは、すでに微笑みとは呼べなかった。

 

 

 眠りの世界から現実の世界へと解放される一瞬の浮遊感のようなものを感じながら、マーロンはおもむろにまぶたを上げた。

 上半身を起こしたその時、すると肩からブラケットが滑り落ちた。

 自分が掛けた覚えは無い。

 ぼんやりとする世界が、やがて鮮明になる。

「・・・叔父さん?」

 目の前には17号がいた。

 ちょうど自分の方を向きながら座っている彼に、マーロンはようやく現状を把握した。

 慌てて起き上がろうとするも、寝起きなのかソファの上で寝たのが悪かったのか、身体が少し重みを感じた。

「いつ来たの?」

「ついさっきだ」

「ごめんなさい。寝ちゃってて・・・」

 せっかく来てくれたのに、自分は暢気に居眠りをし、出迎えなかったコトを詫びる。

「いいや、別にいい。

 ちょっとおもしろいことも聞けたしな」

「へ?」

 きょとんとするマーロンに、17号の口元がますます持ち上がる。

「お前、寝言言ってたぞ」

「えっうそ。何て言ってたの!?」

 寝言を人に聞かれることほど、恥ずかしいものは無い。

 マーロンも例に漏れず、少し顔を赤らめながら口元を両手で覆った。

 そんなマーロンの仕草に、愛おしさを感じながらも、口元は相変わらず意地悪かった。

 

「聞きたいのか?」

 

 いきなり念を押され、マーロンは固まった。

 念を押されるほど、とんでもないことを言ってしまったのだろうか。

 知ることへの欲求と、自分のしでかしたことへの逃避が、同時に襲い掛かってきた。

 

 何? 私、何て言っちゃったの?

 

 彼があんな風に笑うのは、絶対自分にとっては不利なことが起こった時だ。

 目の前で意地悪く微笑み続ける叔父に、恨めしそうな目つきでマーロンは見つめ、やがて、

「・・・・・・・・・・聞かない」

「その方がいいだろうな」

 そして思い出したのだろうか、少し含み笑いなどもされてしまった。

 本当に、何でこの人はこんなに意地悪なんだろう。

 それとも自分はからかわれ易い性格なのだろうか。

 そう思うと、少し悲しくなった。

 俯き、暫くしてもなかなか顔を上げないマーロンに、ようやく17号は異変に気づいた。

「おい、どうした」

 だがマーロンは返事もしなくなった。

 からかい過ぎたかと、17号は傍に寄る。

 少し顔を屈め、マーロンの表情を見た。

 マーロンは唇をかみ締めていた。

「・・・・・・・・・おい」

「何で・・・叔父さんはそんなに意地悪するの?」

 言ったと同時に、マーロンの瞳から、ぽとりと涙が零れ落ちた。

 

 しまった。やってしまった。

 

 痛恨の表情をなるべく抑えながら、何とか取り繕うとする17号。

 自分にとっては、ほんのちょっとしたからかいのつもりだった。

 だがここで今まで溜まりに溜まった不満が、彼女の中で爆発してしまったようだ。

 いきなり両手で顔を覆う。きっと泣き顔に歪む姿を見せないようにだろう。

 だが震える肩や、漏れるすすり声は隠しようも無かった。

「・・・何がおもしろいの?」

 泣き声の中にも怒りが混ざっているのは、誰が聞いても明らかだった。

「いや、その・・・」

「嫌だって・・・何で判ってくれないの?」

「ああ、悪かった。俺が悪かったよ。

 頼むから泣き止んでくれ」

 自分でも随分情けない詫び声だと思ったが、こんな時に見栄もへったくれもなかった。

 マーロンの両肩を掴み、自分に向けさせ、もう一度詫びるつもりだった。

 

 つもりだった。

 

 突如顔を上げ、顔を覆う両の手が、観音開きのように開かれる。

 その中から現れたマーロンの顔は、極上の笑みだった。

「う・そ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 ゆっくりと、ゆっくりと、17号の顔つきが変わっていく。

 突然湧き上がった怒りの感情に顔の筋肉がついていかず、なかなか複雑な表情になった。

 だがその怒りは、自分をからかった彼女へではなく、

 こんな単純ないたずらにひっかかり、必死に取り繕ってしまった情けない自分に全て向けられた。

「・・・・・・・・判ったよ。悪かったよ」

 ようやくこれだけを搾り出し、疲れか落胆か、17号はがくりと肩を落とす。

 それに反し、マーロンは勝ち誇ったように胸を反らした。

 最初こそは本当に悲しかった。こぼれた涙も本物だった。

だがそんな自分に慌てる彼の様子が意外過ぎて、次第に悲しみも薄れてしまっていた。

そしてふと、こちらも、と意地悪な心が芽生えてしまったのだ。

彼には内緒だが、ちょっと楽しかった。

「あ、でも嫌なのは本当だからね」

「判った判った」

「それと、寝言言ったなんて、絶対他の人には言わないでね」

「安心しろ。それは大丈夫だ」

 きっぱりと言い切ったその言葉に、マーロンは眉を顰めた。

 訝しる彼女に、少し元気が戻ったのか、微笑みながら17号は言う。

「あんな可愛い寝言、誰が他の奴に言うもんか」

 まっすぐ向けられた可愛いという言葉に、マーロンの顔が瞬時に火照った。

か、からかわないでよ!!」

「からかってない。本当のことだ」

「うそ! 叔父さん笑ってるもん。

 叔父さんがそんな風に笑うのって、いっつもからかってる時じゃない!!」

「本当に可愛かったから仕方ないだろう。

 まあ寝顔はそれ以上に可愛かったけどなぁ」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!

もう! だからそういうの止めてってばっ!!」

先ほどとは違って、本当に泣き顔になりながらも、それでもマーロンは一言も、嫌だとは言わなかった。

(了)






あとがき
 何だこのバカっプル(全印象)

 まあ何が言いたいのかというとアレです。
 からかわれて真っ赤になるマーロンちゃんが、一番可愛いと叔父さんは確信したというお話。
 そしてそんな可愛い姿を、絶対に他の奴らに見せはしないと再認識。ますますヤバい叔父さんになりつつあります。

 その内、可愛いからという理由で色々やるんです。全部マーロンちゃんのせい。
 理不尽すぎるが知ったこっちゃない。

 でもマーロンちゃんに嫌われたら、本気で落ち込むんだろうなこいつは。

 そしてそんな姿をマーロンちゃんに見られ、「可愛い」と言われ、ますます落ち込みます。(トドメ?)



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