理由』

 

 その人物がマーロンの前に現れたのは、丁度砂浜で遊んでいた時だった。

 全く何の予感も気配もさせず、目の前の砂浜に足がトンと降り立つ。

 それを仰いで見てみれば、嫌味の無い笑顔の男がそこにいた。

 暫し瞬きを繰り返しながら、マーロンはその男の名前を懸命に思い出そうとし、やがてポンと両手を叩き、

「悟空おじさん。こんにちは!」

「オッス。マーロン。元気にしてっか?」

「うん!」

 マーロンの頭を撫でながら悟空が挨拶を交わしていると、彼の気配に気づいたのか、クリリンが姿を現した。

「お? 悟空じゃないか。珍しいな。どうした?」

「よう、クリリン。チチがこれ持ってけって。この前の礼だって」

 そう言いながら、悟空は籠に山盛りになった山菜を突き出す。

「この前? ああ、もしかしてこの前の魚か。

 別に礼なんていいのに。変に気を遣わせちまったな。帰ったらチチさんに礼言っといてくれよ」

「ああ」

 籠を受け取りながら、まあ入れと家の中へと促すクリリン。悟空と、それに続いてマーロンが中に入っていった。

「あり? じっちゃんと18号は?」

 クリリンの代わりにマーロンが答える。

「おじーちゃんはお出かけ。お母さんはお買い物にいってるの」

「ふーん。そっか。んじゃお前ら二人はお留守番か」

「うん」

 悟空が座り、ひとまず落ち着いた頃合を見計らいながら、マーロンが悟空の袖をひっぱった。

「ねえ。悟空おじさん」

「ん? どした」

「今のパッて出てきたのって、あれ何?」

 問われた意味がよく判らなかったのか悟空は首を傾げたが、次の瞬間全てを把握した。

「もしかして瞬間移動のことか」

「しゅんかんいどー?」

「ああ、行きてえ奴の気を探してそこに行くんだ」

 もの凄く簡単に説明しているが、この技を習得しているのは現在悟空しかいない。

 技のコツを掴む以前に、身体をその場所に移動させる術が理解出来ないからだ。

 悟空の説明はもの凄く抽象的過ぎて、誰も理解できず、故に習得出来なかったという方が正しいかもしれないが。

「それ使えれば、好きな人のトコに行けるの?」

「うーん。まあな。でもコレ難しいからなあ」

 興味津々で訊ねるも、悟空の言葉に少し俯き、やがて何かを模索しているかのように、マーロンは黙り込んでしまった。

 きっと、この技を使おうとしているのだろう。

 悟空よりも気のコントロールに長けているクリリンですら出来なかったのだ。

 その娘であるマーロンがどのくらい『気』というものを熟知しているのか知らない。

たった一度だけの説明で出来るほどこの技は易しくないことは知っている。

 だが懸命なマーロンの姿は、中々微笑ましいと思い、何かヒントになるモノが無いかと悟空が目を逸らしたその時だった。

 隣にあったはずのマーロンの気配が、完全に消え去っていたのは。

「・・・・・・・・・・・・・・?」

 悟空が状況がなかなか把握出来ない中、クリリンが台所から飛び出してきた。

「マーロンっ!?」

 いきなり消えた娘の気配、そして完全になくなっている娘の姿に、クリリンは一瞬で青ざめる。

「え・・・・・・・・?」

 一方、悟空はマーロンが今まで座っていた空白の場所を、しげしげと見つめていた。

「悟空! マーロンはどうした! 今そこにいただろ」

「ま・・・まさか」

 その言葉に何かを悟り、クリリンはぐいと悟空の双肩を掴んで、とてつもなく優しい顔を悟空の鼻先に近づける。

 優しい笑顔であったが、同時に凄まじい怒気も孕んでいるコトは、こめかみの引きつり具合で充分判った。

「何があった。え? お前あの子に何をしでかした。

 怒んないから言ってみろ」

「え・・ええ〜っと。瞬間移動のこと聞いてきたから、こうすればいいって教えたら何か出来たみてぇだ」

「・・・・・・・・・・・・・・。

 は・・・・はははははは」

 クリリンの口から、乾いた笑いがこぼれ出す。

 何だかヤバそうだが、とりあえず悟空も一緒に笑ってみた。

『あはははははははははははははは』

 二人の笑いが混ざり合う。

 そして次の瞬間、クリリンの目潰しが悟空に炸裂していた。

 

 

 北の都特有の寒波の影響か、今日も大陸全土は雪に覆われていた。

 雪は何も告げず、ただ降り注いでくる。

 壮大な大陸をその色で満たしているのに、何の気配も感じさせない。

 今、17号の耳に届いているのは、暖炉の火が爆ぜるパチパチという音と、本がめくれる掠れた音だけだった。

 ふと視線を窓の外に送れば、先ほどよりも深まっている白い存在。

 だが、とりわけ外に出る用がなければ、その存在を脅威とは思わない。

 視線を再び本に移そうとしたその時、ぼふっという音が耳に届いた。

 最初は、木の枝に溜まった雪が落ちたのだろうと思った。

 だが同時に、それは大きな間違いであると瞬時に判断する。

 落ちたその場所に、何かの気配を感じたからだ。

 更によくよく探っていくと、その気は実に感じ慣れたものだった。

 勢いよく窓を開け、音のした場所まで文字通り飛んでゆく。厚くつもった雪の中を歩く気はさらさらなかった。

 白くつもった雪の地に、窪みを見つけた17号は、すぐさまその真上に移動し、窪みに手を突っ込んだ。

 ずぼりと出てきたのは、この極寒の地に似つかわしくない、コバルトブルーのワンピースに身をつつんだマーロンだった。

「・・・・・・・・・」

 気配に予想はしていたものの、やはり現実を直視すると、17号は思わず顔をしかめた。

 一方、雪まみれのマーロンは自分に起こった出来事を理解していないのか、どことも定まらぬ視線をあちこちに向けている。

 聞きたいことは山ほどあるが、ひとまずこの娘を家の中に入れる方が先だと判断し、

身体にまとわりついている雪をあらかた落とし、自分の着ている上着を頭から被せ、17号は家の中へと直行した。

 

 

「・・・・・っ!

 さ、寒い!!」

 雪の中では何も言わなかったくせに、暖の効いた部屋に入ってようやく寒さを実感したマーロンへ、

更に別の上着を持ってきた17号が、暖炉の前に引っ張っていった。

「これも着てそこにいろ」

 しゃがみながら上着を着せる17号の顔を、マーロンはじっと見つめた。

「――叔父さん」

「何だ?」

「叔父さん・・・だよね?」

「何でそんなことを聞く」

 自分の存在を疑われ、17号は思わずむっとする。

 だが次の瞬間、マーロンに抱きつかれた彼の顔は、完全に虚をつかれたものになっていた。

「叔父さん! 叔父さん叔父さん! 会いたかったあ」

「・・・・・・・・・・・」

 自分の胸の中でなにやら盛大に喜ぶ姪を引き剥がすのに躊躇してしまい、結局そのまま満足するまで放置することになった。

 やがて気がすんだようだと判断した17号は、改めてマーロンを見つめる。

「どうしてお前がここにいる? 18号やクリリンはどうした」

 この娘はまだ舞空術を習得していないはずだ。誰かと共にいなければ、こんな地に来れないはず。

 だが予想を反し、ふるふると首を横に振るマーロン。

「お母さんもお父さんもいないよ」

「じゃあ他の奴らと来たのか?」

 しかし気配は完全にこの娘一つだったはずだ。そもそも誰かと一緒なら雪の中に落ちることもあるまい。

 数々の疑問が湧き出る中、マーロンは実に無邪気に答えた。

「えっとね。あたしね。しゅんかんいどーで来たの」

「・・・・・何?」

「さっき悟空おじさんが来たときね、教えてもらったんだ」

 悟空という名に、17号は明らかに表情を変えた。

 悟空。孫悟空。

「・・・・・・・叔父さん?」

 きょとんと小首を傾げ、マーロンは不安そうに訊ねる。

 17号の顔から、徐々に表情が失せていくからだ。

「あの男に・・・・・教わったのか」

「――う・・うん」

 何かいけなかったのだろうか、今まで感じたことの無い雰囲気に、マーロンは思わず顔を歪める。

 それに気づいたのか、17号は瞬時に立ち上がった。

「そこにいろ。何か作ってやる」

 言いながら、足はすでに動いていた。

 背中越しに、マーロンの視線を感じながら部屋を出る。

 不覚だった。この表情をマーロンに見せてしまったことに。

 ぎりっと歯をかみ締めながら、自分の中に湧き上がる感情をゆっくりと抑えた。

 あの名前を聞くだけでも、まだ駄目のようだ。

この感情を表に出すことだけは、絶対にしてはならないということだけは、理解しているのに。

「叔父さん」

 いつの間に部屋から出てきたのだろうか。すぐ後ろにマーロンが立っていた。

 不安そうに見上げる瞳は、自分の行ったことへの結果だと認識する。

 そうだ。こうなる事は判りきっている。

 この瞳が、これ以上の感情に、嫌悪と憎悪に満ちるかもしれないのに。

「火の前にいろと言っただろう」

 マーロンの手を取り、もう一度暖炉の前まで連れて行く。その間マーロンは俯いていた。

「――ごめんなさい」

 掠れるような謝罪の言葉が出たのは、暖炉の前に着いてすぐだった。

言いつけを無視したことに対してのものではない。もっとそれ以前のコトだと感じた。

「あたし・・これ使っちゃ駄目だった?」

 どうやらマーロンは、瞬間移動の使用がいけなかったのだろうと判断しているようだ。

「お前が謝ることは何も無い。いいからここにいろ」

 そう言われても、マーロンは当然のごとく困惑していた。

 ならば何故こんな怖い雰囲気になったのだろうか。やっぱり自分がいけなかったのだろうか。

そもそも自分が会いに来たこと自体、いけなかったのか。

 ぐるぐると回る思考を必死に整理しようとしていた時、その声が響いた。

「マーロン!」

 声に振り向くと、そこにはいつの間にいたのか、クリリンと悟空が立っていた。

 悟空がマーロンの気を探り、瞬間移動でやってきたのだろう。

悟空の腕を掴んでいた手を離し、クリリンは一目散にマーロンに駆け寄った。

「お父さ」

「マーロン! 無事か!? どこも怪我してないか!?」

 抱き締めんばかりの勢いで、クリリンは言う。

「う・・うん」

「――そ、そうか・・・。良かった」

 肺の中の空気を全て吐き出すかのように、長い長い安堵のため息をつくクリリン。

 だが次の瞬間、その表情は一変した。

「マーロン! 何でこんなことした。

 あれほど自分勝手なことをするなと、いつも言っているだろう!!」

「・・・・・・・・・っ!」

「もし訳の判らん所に行ってたらどうする!

 お父さんが助けられないような危ない所に行っていたら、一体どうするつもりだったんだ!」

 父は滅多に叱らない。いや、叱ることはあっても、こんなに声を荒げたりはしない。

 その父が、これほどまでに怒っている。

マーロンは自分のしでかした過ちの重大さを理解し、後悔と恐ろしさで泣き出してしまった。

 泣きじゃくるマーロンを、だがクリリンは叱りはしない。

 自分の過ちをごまかすための泣き言ではない。その証拠に、泣き声に混じって謝罪の言葉も出ていたからだ。

「えうっ・・ううっ・・・。ごめっ・・・ごめんなっ・・さい!

 ごめんなさいいぃ・・・」

 しゃくり上げる肩を優しく撫でて、クリリンはマーロンを抱きしめた。

「お父さんの言いたいことは判ったか?」

「・・・うん。危ないことして、ごめんなさい」

「うん。判ればいいよ。大きな声だしてごめんな」

 その後ろから、悟空も近づいてきた。

「悪ぃなマーロン。オラが変なこと教えちまって」

「ううん。あたしが勝手にしたんだもん。おじさんは悪くないよ」

 首を振りながらも、どうして彼の両眼がちょっと充血しているのだろうかと気になったが、口には出さないでおいた。

 クリリンもようやく落ち着いたのか、マーロンを抱きしめながら、隣にいた17号を見上げ、

「17号、悪かったな。迷惑かけて」

「・・・いや。別に」

 そう言う17号の表情は、少しばかり判断が難しいものであった。

 突然現れた二人。クリリンの方はきっと探しにくるだろうと判っていたのであまり驚きはしなかった。

 だがもう一方、件の男。

 孫悟空。

 名前ですらこの感情を荒立たせる男の姿を見てどう反応すればいいのか、実は当の17号も把握出来ていない。

 更に続いて、クリリンの怒声。

 この男がここまで怒る姿を、17号はついぞ見たことはなかった。

 18号にあれだけ我侭を言われても、終始笑っているような男なのに。

 立て続けに起こる状況に、どれから対応すればよいのか悩む17号を、マーロンがちらりとみやる。

 娘の視線に気づいたのか、クリリンも17号に再び視線を送り、

 やがて何かを悟り、マーロンに問いかけた。

「マーロンはどうしてここに来たんだ?」

 聞かなくても大体は判っていたが、やはりマーロンに言わせてあげたい。

 父に問いかけにマーロンは振り返り、暫くもじもじしつつも答えた。

「・・・・・叔父さんに、会いたかったの」

 この言葉に、17号はようやく表情を取り戻した。

「・・・この頃、全然会えなかったから。だから・・・」

 だから思わず会いに行ってしまったのだ。

 しかし自分の行動は、結局みんなに迷惑をかけてしまった。マーロンはもう一度ごめんなさいと頭を下げる。

 素直な娘の頭を愛おしく撫でながら、

「でもなあ、マーロン。会いたいからって突然来たらびっくりするだろう。

これじゃあノックもしないで部屋に入るようなもんだ。それは失礼だろ?

 会いに行きたい時は、俺やお母さんに言っていいから。でも相手のこともちゃんと考えような」

 うん、と頷くマーロンに微笑みながら、今度はマーロンにではなく、だが一言一言かみ締める様に言った。

「でも、そうだよなあ。最近さっぱり来ないもんなあ。叔父さんは」

 最後辺りを強調すると、17号はむっとして視線を逸らし、

「・・・悪かったな」

「なら今度来てくれよ。18号だってそう思ってるし」

 視線を逸らし、ふてくされたような顔で17号は答える。

「考えておく」

 素直に言えよと口にしそうになったが、クリリンは慌てて押し殺した。

この姉弟に今更素直さを求めても仕方がない。

 しかしマーロンぐらいの年の子供に、言葉の微妙なニュアンスなど感じ取れるはずもなく、

案の定、17号の言葉をどちらに捉えて良いのか判断に苦しんでいた。

そんな娘の頭を、クリリンはぽんぽんと叩き、

「マーロン。叔父さん来てくれるってさ」

「・・・ほんと?」

 下からじっと見上げる姪に、異様な迫力を感じた。

 ちゃんと聞かせてとその瞳が訴えている。

「・・・・・・・・判った。行ってやる」

 最後をどうにかすれば完璧だったんだがなあ、とクリリンは思ったが、とりあえずマーロンにはちゃんと伝わったようだ。

「良かったなマーロン。

 じゃ、あまり長居しても悪いし帰るか」

「あ・・・。

 うん」

 ほんの少ししか一緒にいられなかったが、突然来た自分が悪いのだ。

 少ししょんぼりしながらも、父の手を取ろうとして、

 その手を、17号に握られた。

「マーロンはいい」

「・・・・・・・・・?」

「俺に会いに来たんだ。ならすぐに帰ることはない。

帰りは俺が送るから問題ないだろう」

それはつまり、マーロンの相手をしつつ、今日にでも家に寄ってくれるということだ。

 まさかこんな事を言われるとは思わなかったマーロンは、驚きに満ち溢れた顔で訊ねる。

「――いいの?」

 頷く17号に、マーロンは思わず抱きついた。

「叔父さん・・・ありがと!」

 クリリンもこれは意外だったのか暫く目を見開いていたが、やがていつもの笑顔に戻り、

「じゃあ、頼むな。

 マーロン。あまり遅くならないことと、迷惑かけるなよ」

「うん!」

 ご機嫌で返事をするマーロンに頷き、悟空に帰るぞと伝える。

「良かったなあ。マーロン」

 まるで自分のことのように喜ぶ悟空に、クリリンは苦笑し、

「ああ。まあ色々あったけど、良かった良かった」

「不幸中の幸いってヤツか」

『お前が言うな』

 クリリンと、何故か17号との同時突っ込みに、さすがの悟空も思わず謝ってしまった。

 

 

「何だよ。さっきから難しい顔して」

 舞空術で家路を急ぎながら、隣にいる悟空にクリリンは声をかけた。

 瞬間移動は使うなと言った矢先に、悟空の瞬間移動で帰る訳にはいかず、二人は舞空術で帰ることにしたのだ。

「オラ、やっぱり嫌われてんのかな」

「・・・17号のことか?」

 悟空の姿を見たときの、17号の表情。

 あれは本人ですら意識していないのだろうが、ただ一種の感情は伝わってきた。

 恐らく、本人ですら口には出せまい、とてもとても強い感情。

 だがそれがマーロンのいる前なのだから、かなり問題だ。

 本人もそれは判っていそうだったが、それでも抑えきるのは苦労しているようだった。

 それを、悟空も気づいているのだろうか。

「16号の時もそうだったけどなあ」

「・・・ん、まあ。簡単には割り切れないだろ。

 まあつまり、これがお前の業ってことさ」

「ごう?」

 聞きなれない言葉に、悟空がオウム返しに訊ねる。

「成すべきことをやって成されたってことだ。そこには正義だ悪だなんて関係ない。

 だから何かをする時も、何かに関わる時も、その結果もちゃんと責任を取ることが肝心なんだとさ」

 よく判らないような顔をしている悟空に、クリリンは一層の笑顔で言った。

「――もしかして俺の言いたいことが判っていないのか?

 無責任にほいほいと何でもやるなっつってんだよ」

 クリリンの声にドスがきき始めたことを感じた悟空は、すかさず謝り続けた。

「ごめん。悪かった。オラが悪かったってば」

「まあ、判ってくれればいいけど・・・。

 17号だって、手助け出来るのならしてあげたいけど、結局自分でどうにか踏ん切りつけるしか解決できそうにないし。

 俺の出る幕じゃないな」

 少し寂しそうに言うクリリンに、悟空は心の底からの言葉を出した。

「やっぱクリリンはいい奴だなあ」

 いきなりの言葉に、だがクリリンは見るから疑わしそうな目で悟空を見返した。

「・・・お前がおだてるような器用な真似をするとは思えないけど、一体どうしたんだよ」

「えーっ。ひっでえなあ。ただ言っただけなのに」

 少し疑いすぎかと反省して、クリリンは礼を言った。

「悪い悪い。ありがと」

「それにしても、マーロンはすげえなあ。あんなにあっさりと瞬間移動が出来て。

 クリリンは何度しても全然出来なかったのになあ」

「はっはっは。それもただ言っただけなら、本気で殴るぞ。

 大体なあ。技を使うのに必要なことを聞いても『行きたいから行く』『なんとなく』『勘』なんぞで出来るかっ!!」

「いやまあ、それはともかくさあ。

 ――あり?」

「ごまかすな」

「いや、そうじゃねえけどよ。

 考えてみれば、おかしくねえか? オラ17号の気を感じたことねえぞ。

 じゃあマーロンはどうやってあいつん家に言ったんだ?」

 あ、とクリリンの口からも思わず言葉がもれる。

 そうだ。この技は相手の気を探らなければならないのだ。

 だが悟空然り、自分然り、17号18号の気は感じることは出来ない。

 ならばマーロンはどうやってあの技でいけたのだろうか。

「・・・・・・・・あ、そうか!」

 いきなり悟空がぽんと片手を叩いて、ある可能性を口にした。

「もしかしてマーロン。別の方法の瞬間移動で行ったんじゃねえのか?

 気を探るんじゃなくてさ。場所を決めて行くとか」

「・・・そ、そんなことも出来るのか?」

「オラはこれしか知らねえけど、やりようによってはあるんじゃねえか?

 だったら凄えなマーロン! 自分で編み出すなんて」

「お・・俺としては、もっと普通に育ってほしいんだけどな。そんなモン開発しなくてもさ」

 少しあさっての方を向きながら、クリリンはそれだけ答えるのやっとだった。

 そんなクリリンの心を知ってか知らずか、悟空は更にたたみかける。

「でも、あれなら舞空術くらい簡単に出来そうなのに、何でまだ教えないんだ?」

「あの子は気の扱いが上手いのは俺も認めるけど、舞空術は今のところあまりさせたくない。

 一つ聞くが、俺やお前がまだ舞空術を覚えたての頃に、カメハウスから17号の家まですぐに行けると思うか?」

 舞空術を覚えたての頃。飛び回ることはおろか、宙に浮くだけでもやっとだった。

 いま飛んできたこの距離ですら、果たして休み無くいけるかどうか。

「・・・うーん。ちょっとつれぇな」

「だろう。

 これを覚えたら、あの子は早速17号に会いに行くに決まってる。

それで途中で力尽きて海に落ちたり地面に落ちたりするんじゃないかと思うと、恐ろしくてなかなか出来ないんだよ。

 でももう少し、気の扱いが上手くなって、増幅することも出来れば教えるつもりだ。それまでは我慢してもらう。

 ・・・いや、まあ、さっきみたいなコトも出来るんなら、とっくに舞空術くらい出来そうだけどな」

 覚えさせてはあげたい。だがこの調子なら、わざわざ教えを乞うまでもなく、自分で辿り着きそうだ。

 それが良いのか悪いのか判らないが、ただ楽しみが減るのもそれはそれで悲しい。

 自分のしたことにちゃんと責任を持つように、とは教えているので、これからは無闇に使ったりはしないだろうが。

 しかし、娘の優秀さを手放しで喜ぶべきか否か。

これは18号に相談したほうが良さそうだ。

 18号という存在を改めて思い出し、そしてクリリンはある重大な事実に気がついた。

「んじゃ、オラこっちだから」

 そんなクリリンをよそにノンキな悟空はそう言って去ろうとすると、

襟首を半ば八つ当たり気味に引っ張られ、喉が思い切り絞まってしまった。

「うぉ!?」

「悟空。俺はさっきまで何をしていたか言ってみろ」

「えーっと。マーロンを迎えに」

「違う。その前」

「・・・留守番?」

「そう、俺は留守番をしていたんだ。

更に言えばもうすぐ18号も帰ってくるだろうがここで肝心の留守番がいない。

さあどうなる?」

「怒られるんか?」

「そうだよ! 怒られるんだよ!

 そもそもお前がこんな事しでかさなければ、こんな事にはならなかったんだよ!!

 さあ元凶は大人しく、黙って巻き添えを食らいやがれ!!」

 

 

 わだかまりが消えた訳ではない。

 だがそれが残っていることを悟られるのは、やはり良い気分ではない。

 特に、クリリンや18号、それに。

 マーロンに。

 自分が入れた紅茶を、隣で美味しそうに飲むマーロンが、17号の視線に気づいてにこりと微笑んだ。

 この娘はいつまでこうして、自分に微笑んでくれるのだろうか。

 それはやはり、これからの自分にあるのだろう。

 この笑顔を見続けられるのも、壊すのも、自分次第。

 では自分は、どちらを目指すのだろうか。

 

 雪を混じらせた寒風が止んだ頃。

 17号は暫くマーロンを見つめ、やがて一言言った。

「服を買いに行くか」

「服?」

「風邪をひかれちゃ堪らないからな」

「あ・・・えっと、でも」

 いきなりお金を使わせることに、マーロンは思わず躊躇するも、

「遠慮するな。行くぞ」

 17号の差し伸べた手を、やがてマーロンはそっと掴んだ。

 

 大きな手。優しい手。

 ずっと握っていたい手。

 まだまだこの人のことは、良く判らない。

 どうしてあの時あんなに怖くなったのか、理由は・・・あまり知りたくない。

 それでもこの人の傍にいれば、知らなくちゃいけなくなるのだろうか。

 その時、一体どうなってしまうのだろうか。

 自分がどうかなるのが怖いのではない。

 この人がどうかなってしまう事が怖かった。

 とてつもなく怖かった。

 だがそれでどうすればいいのかも判らない。

 自分の行いが果たして正しいのかも、この人の望み通りなのかも。

 自分は、何も判らない。

 もう少し大きくなれば判るのだろうか。

 その時は、少しでも今の状況を変えられるのだろうか。

それでも、この気持ちだけは、

 いつまでも変わってほしくないと、マーロンは思った。




あとがき
 初めての叔父マロ小説。17号はまだ姪の扱いに慣れてませんが、可愛いことには変わりありません
 私の中のマーロンちゃんは、気のコントロールに関しては、ずば抜けた才能の持ち主か、全く扱えないかのどっちかです。
 使える方だったら、何となくこんな感じかなあ? というくらいであっさり扱えて、周りの人間の度肝を抜きまくります。
 それを危険と感じて、クリリンや18号はなるべく扱っちゃいけないと教えますが、次第にその役目が17号になるというか、
 そういうことを小説に書けよと今気づきました。


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