『if』

 

「その気になるなよ! 爆弾のことだって感謝なんかしてないんだからな! このタコ!!」

 何も無い漆黒の空間に、彼女の声だけがどこまでも響き渡った。

怒鳴る相手はただ一人。

自分でも驚くほど声を荒げて、18号は叫び続ける。

 だがその心は裏腹に、彼に対する想いが芽生え始めていることに気づく。

 それを悟られまいとして、尚更声が荒くなった。

 

 悔しい。

 

 何に対してこんなに悔しいのか、判らなくなるほど悔しい。

 素直に気持ちを認められない自分へか。

 自分の正体を知っていも、尚惜しみなく好意を向けてくれる目の前の男にか。

 ぎりぎりと歯噛みし、足元を睨みつけていると、

「18号」

 突如、耳慣れた声が聞こえた。

 目の前のあいつじゃない。この声は・・・。

 おもむろに上げた視線の先に、もう決しているはずのないその存在がいた。

「あ・・・」

「どうしてお前は反対のことを言っているんだ?」

「じ・・16号」

「それとも、それが本心なのか?」

 いない。こいつはもういないはず。

 

でも、どうしていない?

 

 いや、いる。いるだろう? こうして目の前にいるんだから、いるはずだ。

 奇妙な記憶の整理に、だが特に違和感を感じず、18号は今の現状を受け止めた。

 そんな彼女の心の落ち着きを待つように、彼の人物はじっとしていた。

 一方、自分の真後ろに悠然と立つ16号を、クリリンはぽかんと見つめていた。

「16号・・・?」

 クリリンの言葉に、18号は我に返った。

 黙って聞いていたが、16号はさっきからとんでもないコトを言っていなかったか?

 ようやくそれに気づいた彼女は、思わずかっとなった。

「・・・・・・・・っ。

 当たり前だろ! 誰がそんなチビ好きになるもんか!!」

「18号。お前の好みはともかく、礼は言うべきだ」

 18号の戸惑う表情や、妙に荒げる声という所にはさっぱり気付いていない。

何の感慨も無く淡々と話す16号に、だがクリリンは首を振ってそれを制した。

「い・・いいよ。16号。別に礼を言われたくてしたことじゃないし。

 それに俺も、恩着せがましいことはしたくない」

「それでいいのかお前は」

「いいんだって。俺が18号のこと好きでも、18号が俺のこと好きにならなきゃいけない訳じゃないしな」

 ありがとう、と、ごめん、と言葉を続けるクリリンに気を遣ったのか彼の視線がもう一度18号を捉えた。

「そうか。そういうものか。

 18号。もう一度聞くが、お前はこいつのことを好きではないんだな」

「あ・・・・。

 あ、ああ! そうだよ!! 好きになる訳ないだろそんな奴」

 売り言葉に買い言葉のごとく、18号は叫び続ける。

「そうか判った」

 とまどいもなく再度クリリンに向き直り、16号は首を傾げた。

「どうしてあいつはお前のことを気に入らないのだろうか。こんなにいい奴なのに」

「ありがたいけど、俺としては、もうこれ以上念を押さないでほしいな・・・」

 力なくははは、と空笑いで答えるクリリンの肩を、16号の手がおもむろに掴んだ。

「あいつが気に入らなくても、俺はお前のことを気に入っている」

「そっか。ありがとうな」

 素直にクリリンは礼を言った。

 だが次の瞬間、その笑顔が硬直した。

 

「お前となら、ずっと共にいられる」

 

『・・・・・・・・・・・・・は?』

 話しが思いっきりおかしな方に進み過ぎた為、二人は思わず同時に呟いた。

「聞こえなかったか?

 俺はお前を心から気に入っている。故に共にいたい」

「え・・・? え・・?」

「お前は俺のことが嫌いか?」

「いや、別に・・・」

「バカかお前! そこでそんなこと言ったら、余計ややこしくなるだろ!!」

 いつの間にかクリリンの隣りに近づいた18号は、ぐいっと腕を引っ張って耳元で怒鳴りつけるように忠告した。

 明らかに焦る彼女の様子に、だが全く気付かないまま16号は更に続ける。

「お互い気に入っているのならば、共にいても差し支えないだろ」

 16号に迫られ、18号に腕を掴まれたまま、クリリンは片手を懸命に振った。

「い・・・いやいやいやいやいや!! ちょっと待て! ちょっと待って!!

 それはおかし過ぎる!!」

「どこがだ」

「そもそもお前男だろ!?」

「いや、俺には性別はない。だから男ではない」

「へ? そうなの」

「変なところで納得するんじゃないよ!

 16号! あんたも自分がなに言ってんのか判ってんのかいっ!?」

「俺がクリリンと共にいることに、何故お前がそこまで怒りを感じるんだ?」

「誰が怒ってるんだよ誰が!」

「うるさいな。お前だよ」

 新たな声が響き渡る。

 18号にとっては耳慣れた、だが今だけでも、いてほしくなかった人物の声。

「17号・・・」

 その姿を見て、クリリンは微妙な顔になった。

 また一つ、厄介ごとが増えてしまったなと、その表情は悠然と物語っている。

 それに意に介さず、17号は言った。

「何やってるんだ。お前ら」

 本当にな、と一つため息をつく18号。

「俺がクリリンと共にいたいと言ったら、18号が怒るのだ」

「何だ、焼きもちか」

「! だ、誰がこんな奴に!!」

 クリリンの腕を掴んでいた両手を、勢い良く振りほどきながら、双子の弟を睨みつけた。

 そんな中で、どこか暢気に16号は頷く。

「そうか。あの怒りが焼きもちという感情か」

「そうだ。くだらないだろう」

「だから違うって言ってるだろ! 聞けよ人の話を」

「それにしてもこいつといい、16号といい、こいつのどこがいいんだか」

 いまだ16号に掴まれているクリリンを、片手を顎に当て、見透かすように見つめる17号。

 それに対して何の違和感も無く「いい奴じゃないか」と素直な感想をする16号。

 自分を全く無視し、言葉すらを受け入れないこの二人に、18号の怒りが余すことなく向けられていく。

 彼女の怒りを唯一感づいているクリリンは、だが怯えることしか出来なかった。

 そんな中、更に会話は続く。

「お前も気に入らないのか? 17号」

「というか、どうでもいい」

 何と清々しい言い切り具合だろうと、クリリンは驚いた。

 彼の中で、ここまで清々しく正直な性格の人物は初めてだった。

 あまりにも清々しすぎて、その言葉に対する感情は何も湧かなかった。

 その時ふと、17号の視線が斜め上に向かう。

 何かを思い出す時の視線だ。

「・・・・・・・・・でも、そうだな。

 こいつの作るメシは気に入っている」

 いつの間に彼の料理など口にしたのだろうか。だが18号もそれは素直に認めた。

 ぴくりと片方の眉を上げて、16号は聞き返す。

「ほう。俺は食事というモノをしないから判らないが、そんなにいいのか」

「少なくとも、あいつの料理はもう食えないな」

 弟に無遠慮に指をさされた姉は、それに更に激怒した。

「あんた、わたしの料理食べたことあるのかいっ!」

「ないな。だから余計食べたくない」

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」

「だからそいつを連れて行かれちゃ困る。

 俺にも貸せ。メシを作らせる」

 それがさも当然のように、17号をクリリンを指差した。

 あまりにも次々に沸き起こる想像以上の出来事に混乱しながらも、クリリンは何故か申し訳なさそうに訊ねる。

「・・・・・・・・あの、一応聞くけど、俺に選択権はないのか?」

「ない」

「ないんだ」

 予想していたのか、クリリンの表情にはそれほど絶望は見られなかった。

 諦観にも似た表情のクリリンを見ながら、17号の指がもう一度18号に向かう。

「それとも、お前はあいつの下に行きたいのか? あんなに嫌われているくせに」

 弟の淡々とした言葉が、18号の胸に深く突き刺さった。

 今まで自分の言った言葉が、次々に甦ってくる。

 

――これじゃあ嫌っていると思われても、仕方が無い――

 

苦悩に苛まれる18号の耳に、その事実がはっきりと聞こえた。

「え・・あ、いや。

 これ以上嫌われたくないし、それは無理だろう」

 

 痛い。

 

 半ば無意識に、18号は自分の胸元を押さえていた。

 奥が痛い。

 こいつにだけは、そんな言葉を言ってほしくない。

「18号」

 16号の言葉にやや遅れて、18号は顔を向けた。

「何だよ」

「お前がクリリンを気に入ってくれれば、それが一番いいと思うんだが」

 何だよ。

 そう簡単にいくもんか。

「だからいいって。16号。もう判ったから」

 

 何が?

 本当に、わたしがお前を嫌ってるって思ってるのか?

 どうしてあんな言葉、素直に信じるんだよ。お前は。

 

 あんな言葉、嘘に決まってるだろう。

 

「あんまりしつこいと、あいつをますます怒らせるだけだぞ。

 こいつもこう言ってることだし、もう良いだろう」

 17号の、少し飄々とした言葉が耳に入る。

 良くない。

 良い訳ないだろう。

 じっと見つめる足元が、不意に歪んだ。

 

「じゃあな。18号」

 声は唐突に、自分を突き放す。

 

 その言葉に、18号の体が反応した。

 

 伸ばす腕がクリリンの服を掴み、そのまま全身で彼を包み込んだ。

「・・・・・・・・何で、判ってくれないんだよ」

「じ、18号・・・?」

 驚愕と戸惑いに溢れるクリリンの顔に、18号は惜しみなく気持ちをぶつけた。

「わたしだって・・・。

 わたしだってあんたのことが好きだよ! あいつらよりも! 誰よりも一番好きなんだよ!!

 何で判ってくれないんだよ! この鈍感!!」

 その自分の大声で、18号は目が覚めた。

 

 

 夢・・・。

 そうだよな。でなければ、16号は・・・。

 ばんっ!! という衝撃が自分の背中を襲ったのはその時だった。

 更に覚醒した意識が、ようやく自分の状況を如実に伝える。

 自分は今、思いっきりクリリンの顔を胸に抱きしめていた。

 思わず緩む腕の中から、勢いよくクリリンが離れる。

「ぷはっ!

 ・・あー、苦しかった。気持ちよかったけど」

「何言ってんだよ。このスケベ」

「お前がいきなり抱きしめたんだろう・・」

 呼吸を整え、クリリンは改めて18号を見た。

「何か言ってたようだったけど。どんな夢見てたんだよ」

「変な夢」

「まあ、夢ってのは大概変だろうけど」

「でも良い夢だった。

16号が出て来たんだ」

「へえ。良いなあ。

俺も夢でいいからもう一度会いたいな」

「おまけに、17号も出てきた」

「あいつはおまけなんだ・・・」

「二人であんたを取り合ってた」

 瞬間、クリリンは噴き出した。

「はあっ!? お前なんて夢見てんだよ!」

「うるさいね。夢ってのは大概変なんだろう?」

 確かに、思い出しても変な夢だ。

 くすくすと笑って18号は続ける。

「16号は純粋にあんたを気に入っていて、17号はあんたの作る御飯が目的でさ」

「・・・どちらもらしいな。

 で? お前は何してたんだ」

「わたし?」

 改めて、自分の行動を思い出す。

 そしてゆっくりと微笑んだ。

「面白がって見てたに決まってるだろう」

「冷たいなあ。お前・・・。

 もうちょっと、こう、焼きもちとかしてくれても」

「あいつら相手にそんなことするか」

「・・うん。まあ。そうだろうな」

 はあとついたため息の後に、クリリンの顔が18号の胸に埋もれた。

 先ほどのように呼吸できなくなるほどではなく、柔らかい感触のみを一身に感じた。

「! お、おい・・」

「あんたって本当、夢の中でもこっちでも鈍感だね」

「は?」

「うるさい。早く寝な」

 もう少し力を込めて、クリリンの頭を抱きしめる。

 それには少し、照れ隠しも含まれていた。

「はいはい・・・」

 何だか釈然としないが、この状況にまんざらでもなく、クリリンも18号を抱きしめる。

 

――焼きもちなんて、焼くに決まってるだろう。

わたしが一番好きなのは、あんたなんだから――

 

 自分を抱きしめる愛しい人の温もりを味わいながら、18号は心地よい眠りに落ちてゆく。

 その落ちる瞬間に、18号は一人の人物を思い浮かべた。

 

また会えたら、今度こそは、

あんたを喜ばしてやるよ。

 

(了)






あとがき
 もしも16号が生きていたら、こんなこともあったんじゃないかとかそんな妄想話。
 だから何で、私の書く16号はこんな奴に・・・。
 全国の16号ファンの人に猛烈に謝りたいです。
 でもこの双子が幸せになれたら、絶対喜んでくれるはず。


 やはりこの三人に愛されるクリリンを書くのが一番楽しい。
 こんな夢だったら私も見たい。

 変な意味ではなく、クリリンはどんな相手でも分け隔てなく付き合える人物だと思います。
 そんな性格だと判っているから、安心して好きになれたのに、やはり自分にだけは一番、むしろ特別な愛情でいてほしいとか、
 18号にはそんなジレンマがあったら良いなと。乙女ですから。



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