『境夢』

 

 視界に入ったのは、紅に染められていく白い大地。

 聖域のような美しい白が、禍々しい紅に侵されていく。

 しかもそれをしているのが、他ならぬ自分自身なのだと知って、クリリンは残念で堪らなかった。

 

 

 ああ、死ぬなあ。こりゃ。

 

 

 どうして自分がこんな深手を負ってしまったのか判らない。

 何かと戦ったのだろうか。そして返り討ちに遭ってしまったのだろうか。

 脇腹辺りからだと思うが、さっきから出血が止まらない。

よほどの傷なのだろうが、痛覚がマヒしてしまったのか、既に苦しみはなかった。

しかし、血とは別なものが、確実に自分の体内から抜け出ていくコトははっきり認識できた。

不思議と、恐怖は無い。

ただ、残念でならなかった。

 

 

まだ子供もいないのに・・・。

 

 

心底惚れた女と添い遂げることが出来ただけでも、まあそれはそれで充分幸せなのだろうが。

 

 

でもやっぱり一人くらいは欲しかったなあ。

出来れば女の子で可愛くて優しい子に育ってほしいなあ。

・・・・・・・・もう無理そうだけど。

 

 

 先ほどよりも更に薄まる意識の中、いつしか自分の脳裏を占めるのは、独りの女性だけになっていた。

 

 

 ・・・・・・・・泣くかな。

 出来れば泣かせたくないんだけど。

 

 

 あの彼女が自分の死によって、ただ日々嘆き暮らすという姿が、クリリンにはどうしても想像できなかった。

 それでも、

 自分の死を彼女に悲しまれるという事に、クリリンはほんの少し喜びも感じていた。

 それほど彼女にとって、自分の存在が大きかったのだと実感できる。

 たったその一瞬の為だけでも、自分はこのまま死んでもいいかとさえ思ってしまった。

 

 

 悲しんでくれるのは嬉しいけど、

 でも、もうあの世じゃ、合わす顔ないや。

 

 だから、まだ死ねない。

 死ぬわけにはいかない。

 

 

 最後の力を振り絞って、クリリンは己の気を全て解放した。

 

 

 ぱちりと目が覚めると、そこには見慣れた天井があった。

「・・・・・・・・・・?

 あ、夢か」

 天井を見上げた姿勢のまま、一応脇腹を撫でてみる。

 当然のごとく、そこには血もなければ傷も無かった。

 ほぅと一つため息をついて、隣で眠る18号をみやる。

 彼女はこちらを向きながら、すうすうと小さな寝息を立てていた。

 ああ良かった。でも何とも寝覚めの悪い夢だったな。

 何となく、彼女の頬に手を当てた。

 この頬が濡れることがなくて本当に良かった。

「やっと起きたのか」

 突然目を開き、18号がそう言った。

 ぎょっとして固まるクリリンを見ながら、18号はずいっと身体を寄せる。

「ったく。何しでかしたらあんな大怪我するんだい?

どうせさっぱり判ってないだろうから言ってやるよ。

 あんたがぶっ倒れてる所を17号が見つけてデンデに傷治してもらったのに、

ちっとも目が覚めないからうちに連れて帰ってきたんだよ」

「え・・・え?

 夢じゃなかったのか?」

「夢?」

 ひくっと、18号の口元が引きつった。

「これだけ心配させといて、夢もへったくれもあるか!!」

 横になりながらも、大層な怒鳴り声があがった。

 そして次の瞬間、すうっと一筋の涙が頬を伝っていった。

「満足か?」

「え」

「わたしに泣いてほしかったんだろう? 満足か? え?

 何でそんなこと思ったんだよ! 泣くに決まってるだろ!! そんなことも判らないのか」

「・・・・・あ」

 自分は、

何と身勝手な自己満足に浸っていたのだろう。

たとえそれが夢であっても、決して思ってはいけないことだったのに。

「ごめん」

 そっと抱き寄せようとしたが、18号自らが身を寄せ、自分の胸の中ですすり泣いた。

 声をかみ殺し、肩を震わせる。怒りと悲しみの感情を撒き散らしながら。

「ごめん・・・ごめんな。ごめん。

 本当にごめん」

 肩の震えが止まるまで。

 すすり泣きが安堵の寝息に変わるまで。

 ただひたすらに、彼女に詫び続けた。

 

 

 目が覚める。

 視界にあるのは、見慣れた天井。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 顔の向きはそのままに、視線だけをゆっくりと隣りに移した。

 そこには自分の方に身体を向けながら、小さな寝息を立てる妻の姿。

 夢でも、現実でも、もうどうでも良かった。

 クリリンは18号を抱きしめた。

「・・・・・・・っん。

 クリ・・リン?」

「ごめん・・・」

「どうしたんだよ・・・一体」

「ごめん。謝らせてくれ。頼む」

 突然の覚醒に多少混乱しながらも、18号はそっとクリリンの背中に腕を回した。

「もしかして、怖い夢でも見た、とか言わないよな」

「・・・それに近い」

「・・・・・・・・馬っ鹿だねえ。全く」

 呆れながらも、自分の背中をゆっくりと撫でる18号の手は、これ以上ないほど優しかった。

(了)






あとがき
 何か不吉なモン書いてしまった。

 でもクリリンは、こういう所では諦めがいいような気がします。
 18号を悲しませるかもしれないけど、天命は仕方ないしなあと。
 だからその分、毎日悔いが残らないほど、精一杯彼女を愛していると思います。

 まあ娘が出来たら、この娘が幸せになる姿を拝むまで絶対死なねえと、固く心に誓うことでしょう。
 例え相手がアレでも(笑 




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