『境夢』
視界に入ったのは、紅に染められていく白い大地。
聖域のような美しい白が、禍々しい紅に侵されていく。
しかもそれをしているのが、他ならぬ自分自身なのだと知って、クリリンは残念で堪らなかった。
ああ、死ぬなあ。こりゃ。
どうして自分がこんな深手を負ってしまったのか判らない。
何かと戦ったのだろうか。そして返り討ちに遭ってしまったのだろうか。
脇腹辺りからだと思うが、さっきから出血が止まらない。
よほどの傷なのだろうが、痛覚がマヒしてしまったのか、既に苦しみはなかった。
しかし、血とは別なものが、確実に自分の体内から抜け出ていくコトははっきり認識できた。
不思議と、恐怖は無い。
ただ、残念でならなかった。
まだ子供もいないのに・・・。
心底惚れた女と添い遂げることが出来ただけでも、まあそれはそれで充分幸せなのだろうが。
でもやっぱり一人くらいは欲しかったなあ。
出来れば女の子で可愛くて優しい子に育ってほしいなあ。
・・・・・・・・もう無理そうだけど。
先ほどよりも更に薄まる意識の中、いつしか自分の脳裏を占めるのは、独りの女性だけになっていた。
・・・・・・・・泣くかな。
出来れば泣かせたくないんだけど。
あの彼女が自分の死によって、ただ日々嘆き暮らすという姿が、クリリンにはどうしても想像できなかった。
それでも、
自分の死を彼女に悲しまれるという事に、クリリンはほんの少し喜びも感じていた。
それほど彼女にとって、自分の存在が大きかったのだと実感できる。
たったその一瞬の為だけでも、自分はこのまま死んでもいいかとさえ思ってしまった。
悲しんでくれるのは嬉しいけど、
でも、もうあの世じゃ、合わす顔ないや。
だから、まだ死ねない。
死ぬわけにはいかない。
最後の力を振り絞って、クリリンは己の気を全て解放した。
※
ぱちりと目が覚めると、そこには見慣れた天井があった。
「・・・・・・・・・・?
あ、夢か」
天井を見上げた姿勢のまま、一応脇腹を撫でてみる。
当然のごとく、そこには血もなければ傷も無かった。
ほぅと一つため息をついて、隣で眠る18号をみやる。
彼女はこちらを向きながら、すうすうと小さな寝息を立てていた。
ああ良かった。でも何とも寝覚めの悪い夢だったな。
何となく、彼女の頬に手を当てた。
この頬が濡れることがなくて本当に良かった。
「やっと起きたのか」
突然目を開き、18号がそう言った。
ぎょっとして固まるクリリンを見ながら、18号はずいっと身体を寄せる。
「ったく。何しでかしたらあんな大怪我するんだい?
どうせさっぱり判ってないだろうから言ってやるよ。
あんたがぶっ倒れてる所を17号が見つけてデンデに傷治してもらったのに、
ちっとも目が覚めないからうちに連れて帰ってきたんだよ」
「え・・・え?
夢じゃなかったのか?」
「夢?」
ひくっと、18号の口元が引きつった。
「これだけ心配させといて、夢もへったくれもあるか!!」
横になりながらも、大層な怒鳴り声があがった。
そして次の瞬間、すうっと一筋の涙が頬を伝っていった。
「満足か?」
「え」
「わたしに泣いてほしかったんだろう? 満足か? え?
何でそんなこと思ったんだよ! 泣くに決まってるだろ!! そんなことも判らないのか」
「・・・・・あ」
自分は、
何と身勝手な自己満足に浸っていたのだろう。
たとえそれが夢であっても、決して思ってはいけないことだったのに。
「ごめん」
そっと抱き寄せようとしたが、18号自らが身を寄せ、自分の胸の中ですすり泣いた。
声をかみ殺し、肩を震わせる。怒りと悲しみの感情を撒き散らしながら。
「ごめん・・・ごめんな。ごめん。
本当にごめん」
肩の震えが止まるまで。
すすり泣きが安堵の寝息に変わるまで。
ただひたすらに、彼女に詫び続けた。
※
目が覚める。
視界にあるのは、見慣れた天井。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
顔の向きはそのままに、視線だけをゆっくりと隣りに移した。
そこには自分の方に身体を向けながら、小さな寝息を立てる妻の姿。
夢でも、現実でも、もうどうでも良かった。
クリリンは18号を抱きしめた。
「・・・・・・・っん。
クリ・・リン?」
「ごめん・・・」
「どうしたんだよ・・・一体」
「ごめん。謝らせてくれ。頼む」
突然の覚醒に多少混乱しながらも、18号はそっとクリリンの背中に腕を回した。
「もしかして、怖い夢でも見た、とか言わないよな」
「・・・それに近い」
「・・・・・・・・馬っ鹿だねえ。全く」
呆れながらも、自分の背中をゆっくりと撫でる18号の手は、これ以上ないほど優しかった。
(了)
あとがき
何か不吉なモン書いてしまった。
でもクリリンは、こういう所では諦めがいいような気がします。
18号を悲しませるかもしれないけど、天命は仕方ないしなあと。
だからその分、毎日悔いが残らないほど、精一杯彼女を愛していると思います。
まあ娘が出来たら、この娘が幸せになる姿を拝むまで絶対死なねえと、固く心に誓うことでしょう。
例え相手がアレでも(笑
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