『小話』
怯えている。
自分の命が風前の灯だということを実感しているのか、それでもまだ生にしがみつきたいのか。
こいつ、何て名前だったっけ?
クリリン。そうクリリンだ。
Dr.ゲロから無理やり入れられた記憶情報から、18号は彼の戦闘能力を吟味する。
怯えるのも無理ないね。
今、この瞬間に死んじゃっても、おかしくないんだから。
まあ、殺す気なんかないけどさ。
一歩前に出ると、クリリンはびくりと身体を震わせ、同じように一歩後退する。
本当に殺されるって思ってんのかな? こいつ。
その時、18号はふと思いついた。
こんなことしたら、こいつはどんな顔するんだろう。
また一歩前に出る。相手はもう動かなかった。
覚悟を決めたのか、じっとこちらを見つめている。
睨み付けている訳でもないのが、逆に気になった。
だが、ほんの一瞬だけだった。
とうとうすぐ目の前まで来た18号は、すうっとクリリンの顔に自分の顔を近づける。
少し強張ったこの表情が、次の瞬間どう変わるのか、そう考えるだけで口元が緩んだ。
緩んだ唇が、笑みの形のまま、クリリンの頬に落ちる。
「じゃあね」
優しく囁くようにそう言って、18号は顔を離す。
強張った表情と、唖然とした表情がない交ぜになったようなクリリンの顔に、18号は満足して立ち去った。
※
耳に届くのは、車のエンジン音のみ。
外から覗く景色は、灰色の空と雪の白と、その間から覗く針葉樹の緑ぐらい。
そんな景色が30分ほど続いた頃、18号は背筋を伸ばした。
「あーあ。つまんないの。
ねえ17号。もっと飛ばしてよ。いつまでかかってんの?」
「お前は本当に気が短いな。もっと時間を楽しめよ」
左隣にいる17号に向かって愚痴るも、いつものことと軽く流された。
「ったく。ノンキなんだから・・・。
ねえ16号。お前もこいつに何か言ってやってよ」
特に期待した訳ではないが、座して語らぬ16号にも声を掛けてみる。
だが案の定、険しい表情で瞳を閉じたまま、何の反応も示さなかった。
自分の意見が通らぬ状況が面白くないのか、シートに乱暴に座り直して、つい声を荒立てた。
「・・・・・っもう! 何でわたしの周りの男は、こうも面白くない奴ばっかりなんだろうね」
「18号。それは違う」
しかし意外なところから16号は反応した。
「は?」
一体何が違うのか。
そもそも自分の言葉のどこに、彼が興味を示すような事柄があったのか。
「以前にも言ったが、俺はお前達と違って人間ベースではない。無から作り出された完全ロボット型だ。
このような成りをしているが、俺には性別はない。従ってお前の言葉は俺には当てはまらない」
こんな饒舌な16号はついぞ見たことなかったばかりに、18号はおろか、17号すらも呆気に取られた。
「別にいいじゃないの。そんなことぐらい。何が気に食わないのさ」
「文法上の問題だ」
「・・・あんたの分析、おかし過ぎるよ。
ま、あんたお話し出来ないって訳じゃないんだね。じゃあついでに何か話してよ。
退屈でしょうがないんだよ」
シートを倒し、うつ伏せて顔だけ上げながら、18号は会話を促した。
そんな彼女を一瞥し、16号はまた口を開く。
「では18号。お前に聞きたいことがある」
「うんうん。何?」
「お前はあのクリリンという男が好きなのか?」
ずるり。
シートからずれ落ちそうになるのを、気力のみで留めながら、18号はあらん限りの声で怒鳴りつけた。
「いっ・・いっ・・・いきなり何言い出すんだよ!!」
「違うのか。では何故あんな行為をしたんだ」
「あんな・・って、何を」
「キスだ」
真顔で言われるのがこれほど恥ずかしい言葉は、これ以上あるだろうか。
「あの行為はキスというのだろう?」
「キ・・・」
怒りと羞恥の入り混じり、18号の顔が徐々に赤みを増していった。
「キスというのは、愛情表現の一種だと、俺の記憶回路の中にはある」
「何でそんな情報があんたにあるんだよ!! 関係ないだろ」
「無から作り出された俺は、一般常識も同時に組み込まれた」
「どんな一般常識だよ!」
自分の怒鳴り声がこだまし続ける車内で、18号はもう一つの声を耳に捉えた。
「・・・・・・・17号」
今にも縊り殺しそうな声で18号はそちらに顔を向ける。
顔を逸らしているのだが、震える肩と時折漏れるくぐもった声で、充分理解出来た。
「笑うな!!」
「18号。俺の質問の答えがまだだ。
愛情という感情がないのに、何故お前はあんなことをした」
「それはっ・・・ただ、からかっただけに決まってるだろ」
「からかいか・・・。なるほど」
妙に納得したのか、16号は視線を落としてなにやら考え出した。
「・・・・・・・くっ。
からかい半分でも、お前があんなことをするとは思わないけどな」
「どういう意味だ。17号」
ようやく落ち着いたのか、17号のさりげない一言に、すかさず反応する16号。
「どういう意味も何も。
こいつが初めてあったヤツに、からかい半分でもあんなことはするもんか。
でなければよっぽど気に入ったんだろ」
16号とは違った意味で、自分を追い詰める17号に、18号は身を乗り出して叱り飛ばした。
「変なこと言うんじゃないよ! 誰があんなチビハゲ気に入るもんか!!」
「18号。あまり人の身体的特徴を悪く言うのは良くない。
それに、俺の見る限り、あの男は人間的に良いと判断した」
「あんたの分析能力なんか信じられないね・・・。
ってその前に! 何でわたしがあいつを好きだって前提で話し進めてんだよ」
「違うのか?」
「違う!!」
「ではお前は、相手がどんなヤツでも、からかいという意味でキスが出来るのか?
例えば、俺や17号にだ」
その瞬間、18号の瞳がこれ以上ないほど細まった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。
16号。あんたまさかそれが目的じゃないだろうね?」
「俺がお前にキスをされたがっていると?
先ほども言ったように、俺に人間ベースは一切無い。
従って、お前の考えている意味はありえない」
「あんたが振ったんだろ・・・」
「どちらでもいい。俺が嫌なら、あいつは?」
ちらりとハンドルを握る弟に向かって、18号はそれはそれは艶のある声で訊ねる。
「17号。お姉さまの愛情たっぷりのキスはいるかい?」
「死んでもごめんだ」
「だそうだ。
わたしだってする気はないね」
「では何故あいつには・・・」
「しつこいね!!」
「俺にはどうしてもお前の行動が理解できないのだ。教えてくれ」
「いいから忘れろ! 理解してもらわなくても結構だよ。
わたしはあんなヤツなんか何とも思ってないし、こんな不愉快な思いさせられたんだ。
今度会ったらぶっとばしてやりたいくらいだよ!!」
言って、ふんとそっぽを向きながら、18号はふて寝してしまった。
「あーあ。こいつを怒らせたら長いぞ。
あの男も可哀想に。いらない恨みを買っちまって」
「・・まさか、俺が原因か」
「・・・・・・・まさかも何も、お前だろ」
「そうか・・・。それは悪いことをした。
もし18号に倒されそうになったら、俺が全力を持って阻止しよう」
「――やっぱりお前、どこかバグってるな」
淡々と、だがしみじみと、17号は呟いた。
※
ぞくりと、クリリンは背筋を震わせた。
「! どうしたんですか!? クリリンさん」
隣にいるトランクスは、クリリンの異常な反応に、思わず声を上げる。
「さっ・・殺気が」
「まさか、人造人間が!?」
「いや、あいつらの気なら感じないだろ。
でも、何か、殺気というか何というか、
殺気なんだけど嬉しいような、喜んでいいんだかヤバいんだか、何か微妙な殺気が!」
「・・・それ、殺気って言うんですか?
むしろ、何ですかそれ」
「俺にも判らん・・・・・」
頭を抱えながら、クリリンは呻いた。
それでも、人造人間という言葉を耳にし、今や無条件で一人の女性を思い浮かべてしまうようなこの状態に、
胸の中でトランクスにこっそり謝るのは忘れなかった。
あとがき
人造人間sを書きたかったんですが、何だコレ。
16号、ありえないほど壊れてしまいましたよ。まいったね。
とりあえす16号に、私の胸のうちを語ってもらいました。
本当に、どんな気持ちであんなことしたんだか。
しかし一度はネタにしたかったので満足してます。
やはりクリパチ初チューネタは、クリパチ好きにはかかせませんなー(こんな扱いですが)
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