『小話』

 

 怯えている。

 

 自分の命が風前の灯だということを実感しているのか、それでもまだ生にしがみつきたいのか。

 

 こいつ、何て名前だったっけ? 

 クリリン。そうクリリンだ。

 

 Dr.ゲロから無理やり入れられた記憶情報から、18号は彼の戦闘能力を吟味する。

 

 怯えるのも無理ないね。

 今、この瞬間に死んじゃっても、おかしくないんだから。

 

 まあ、殺す気なんかないけどさ。

 

 一歩前に出ると、クリリンはびくりと身体を震わせ、同じように一歩後退する。

 本当に殺されるって思ってんのかな? こいつ。

 その時、18号はふと思いついた。

 

 こんなことしたら、こいつはどんな顔するんだろう。

 

 また一歩前に出る。相手はもう動かなかった。

 覚悟を決めたのか、じっとこちらを見つめている。

 睨み付けている訳でもないのが、逆に気になった。

 

 だが、ほんの一瞬だけだった。

 

 とうとうすぐ目の前まで来た18号は、すうっとクリリンの顔に自分の顔を近づける。

 少し強張ったこの表情が、次の瞬間どう変わるのか、そう考えるだけで口元が緩んだ。

 

 緩んだ唇が、笑みの形のまま、クリリンの頬に落ちる。

 

「じゃあね」

 優しく囁くようにそう言って、18号は顔を離す。

 

 強張った表情と、唖然とした表情がない交ぜになったようなクリリンの顔に、18号は満足して立ち去った。

 

 

 耳に届くのは、車のエンジン音のみ。

 外から覗く景色は、灰色の空と雪の白と、その間から覗く針葉樹の緑ぐらい。

 そんな景色が30分ほど続いた頃、18号は背筋を伸ばした。

「あーあ。つまんないの。

 ねえ17号。もっと飛ばしてよ。いつまでかかってんの?」

「お前は本当に気が短いな。もっと時間を楽しめよ」

 左隣にいる17号に向かって愚痴るも、いつものことと軽く流された。

「ったく。ノンキなんだから・・・。

 ねえ16号。お前もこいつに何か言ってやってよ」

 特に期待した訳ではないが、座して語らぬ16号にも声を掛けてみる。

 だが案の定、険しい表情で瞳を閉じたまま、何の反応も示さなかった。

 自分の意見が通らぬ状況が面白くないのか、シートに乱暴に座り直して、つい声を荒立てた。

「・・・・・っもう! 何でわたしの周りの男は、こうも面白くない奴ばっかりなんだろうね」

「18号。それは違う」

 しかし意外なところから16号は反応した。

「は?」

 一体何が違うのか。

そもそも自分の言葉のどこに、彼が興味を示すような事柄があったのか。

「以前にも言ったが、俺はお前達と違って人間ベースではない。無から作り出された完全ロボット型だ。

 このような成りをしているが、俺には性別はない。従ってお前の言葉は俺には当てはまらない」

 こんな饒舌な16号はついぞ見たことなかったばかりに、18号はおろか、17号すらも呆気に取られた。

「別にいいじゃないの。そんなことぐらい。何が気に食わないのさ」

「文法上の問題だ」

「・・・あんたの分析、おかし過ぎるよ。

 ま、あんたお話し出来ないって訳じゃないんだね。じゃあついでに何か話してよ。

 退屈でしょうがないんだよ」

 シートを倒し、うつ伏せて顔だけ上げながら、18号は会話を促した。

 そんな彼女を一瞥し、16号はまた口を開く。

「では18号。お前に聞きたいことがある」

「うんうん。何?」

「お前はあのクリリンという男が好きなのか?」

 

 ずるり。

 

 シートからずれ落ちそうになるのを、気力のみで留めながら、18号はあらん限りの声で怒鳴りつけた。

「いっ・・いっ・・・いきなり何言い出すんだよ!!」

「違うのか。では何故あんな行為をしたんだ」

「あんな・・って、何を」

「キスだ」

 真顔で言われるのがこれほど恥ずかしい言葉は、これ以上あるだろうか。

「あの行為はキスというのだろう?」

「キ・・・」

 怒りと羞恥の入り混じり、18号の顔が徐々に赤みを増していった。

「キスというのは、愛情表現の一種だと、俺の記憶回路の中にはある」

「何でそんな情報があんたにあるんだよ!! 関係ないだろ」

「無から作り出された俺は、一般常識も同時に組み込まれた」

「どんな一般常識だよ!」

 自分の怒鳴り声がこだまし続ける車内で、18号はもう一つの声を耳に捉えた。

「・・・・・・・17号」

 今にも縊り殺しそうな声で18号はそちらに顔を向ける。

 顔を逸らしているのだが、震える肩と時折漏れるくぐもった声で、充分理解出来た。

「笑うな!!」

「18号。俺の質問の答えがまだだ。

 愛情という感情がないのに、何故お前はあんなことをした」

「それはっ・・・ただ、からかっただけに決まってるだろ」

「からかいか・・・。なるほど」

 妙に納得したのか、16号は視線を落としてなにやら考え出した。

「・・・・・・・くっ。

 からかい半分でも、お前があんなことをするとは思わないけどな」

「どういう意味だ。17号」

 ようやく落ち着いたのか、17号のさりげない一言に、すかさず反応する16号。

「どういう意味も何も。

 こいつが初めてあったヤツに、からかい半分でもあんなことはするもんか。

 でなければよっぽど気に入ったんだろ」

 16号とは違った意味で、自分を追い詰める17号に、18号は身を乗り出して叱り飛ばした。

「変なこと言うんじゃないよ! 誰があんなチビハゲ気に入るもんか!!」

「18号。あまり人の身体的特徴を悪く言うのは良くない。

 それに、俺の見る限り、あの男は人間的に良いと判断した」

「あんたの分析能力なんか信じられないね・・・。

 ってその前に! 何でわたしがあいつを好きだって前提で話し進めてんだよ」

「違うのか?」

「違う!!」

「ではお前は、相手がどんなヤツでも、からかいという意味でキスが出来るのか?

 例えば、俺や17号にだ」

 その瞬間、18号の瞳がこれ以上ないほど細まった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 16号。あんたまさかそれが目的じゃないだろうね?」

「俺がお前にキスをされたがっていると? 

 先ほども言ったように、俺に人間ベースは一切無い。

 従って、お前の考えている意味はありえない」

「あんたが振ったんだろ・・・」

「どちらでもいい。俺が嫌なら、あいつは?」

 ちらりとハンドルを握る弟に向かって、18号はそれはそれは艶のある声で訊ねる。

「17号。お姉さまの愛情たっぷりのキスはいるかい?」

「死んでもごめんだ」

「だそうだ。

 わたしだってする気はないね」

「では何故あいつには・・・」

「しつこいね!!」

「俺にはどうしてもお前の行動が理解できないのだ。教えてくれ」

「いいから忘れろ! 理解してもらわなくても結構だよ。

 わたしはあんなヤツなんか何とも思ってないし、こんな不愉快な思いさせられたんだ。

 今度会ったらぶっとばしてやりたいくらいだよ!!」

 言って、ふんとそっぽを向きながら、18号はふて寝してしまった。 

「あーあ。こいつを怒らせたら長いぞ。

 あの男も可哀想に。いらない恨みを買っちまって」

「・・まさか、俺が原因か」

「・・・・・・・まさかも何も、お前だろ」

「そうか・・・。それは悪いことをした。

 もし18号に倒されそうになったら、俺が全力を持って阻止しよう」

「――やっぱりお前、どこかバグってるな」

 淡々と、だがしみじみと、17号は呟いた。

 

 

 ぞくりと、クリリンは背筋を震わせた。

「! どうしたんですか!? クリリンさん」

 隣にいるトランクスは、クリリンの異常な反応に、思わず声を上げる。

「さっ・・殺気が」

「まさか、人造人間が!?」

「いや、あいつらの気なら感じないだろ。

 でも、何か、殺気というか何というか、

殺気なんだけど嬉しいような、喜んでいいんだかヤバいんだか、何か微妙な殺気が!」

「・・・それ、殺気って言うんですか?

 むしろ、何ですかそれ」

「俺にも判らん・・・・・」

 頭を抱えながら、クリリンは呻いた。

それでも、人造人間という言葉を耳にし、今や無条件で一人の女性を思い浮かべてしまうようなこの状態に、

胸の中でトランクスにこっそり謝るのは忘れなかった。








あとがき
 人造人間sを書きたかったんですが、何だコレ。
 16号、ありえないほど壊れてしまいましたよ。まいったね。

 とりあえす16号に、私の胸のうちを語ってもらいました。
 本当に、どんな気持ちであんなことしたんだか。
 しかし一度はネタにしたかったので満足してます。
 やはりクリパチ初チューネタは、クリパチ好きにはかかせませんなー(こんな扱いですが)




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