宴の後』

 

 星のきらめきが波間に浮かぶ、一種幻想的な雰囲気の夜。

 いまさら見慣れた景色でも、綺麗なことに変わりはないと、クリリンはしみじみ感じた。

 

 だがあいつは、こんな夜景を見ていないのだろう。

 

 18号は現在、ブルマの紹介で、とあるご令嬢のボディガードを務めていた。

 彼女のガードは中々評判が良い。

 特に今回のような、思春期の悩める乙女にはすこぶる好評だとか。

 ブルマ曰く、男という存在自体に嫌悪感にも似た感情が芽生える時期に、ごつくてむさい男のガードよりも、

 18号のような美しく、強く、頼れる女性の方が良いに決まっているのだとか。

 好評ならばこちらも嬉しい。喜ばれているのなら有難いことだ。

 だが自分はいつも心配になる。

 

 キレていないだろうか。

 余計な仕事を増やしてはいないだろうか。

 間違っても依頼人に迷惑をかけてはいないだろうか。

 

 こんな事を直接彼女に言おうものなら「あたしを何だと思ってるんだ!」と激怒するに決まっているが。

 心配なのは心配なのだ。

 ・・・まあ、一番心配なのは、

 

 怪我をしていないだろうか、ということなのだが。

 

 

 この家の主である武天老師は、気を利かせてくれたのか知らないが、暫く外出するとだけ告げて出て行ってしまった。

 しかしせっかくの心遣いも、突然の仕事の依頼でしばしば台無しにされてしまうことがある。

 だがお互い割り切った性格なので、文句も言わずに18号は仕事に向かった。

 そして仕事最終日の今夜は、ブルマの家で件の令嬢一家とその他大勢を招いたパーティがあるらしい。

 それが終われば、晴れて18号は任務完了ということになる。

 まあそんなに遅くはならないだろう。お洒落をすることは好きでも、彼女はあまり人ごみの中にいるの好まない。

 いつものように、すぐに帰ってくるだろう。

 背後から人の気配を感じたのは、そう思っていた矢先であった。

「ああ、おかえり。

――って、その格好で帰ってきたのか?」

「悪いか?」

 むっつりとした表情で答えたのは、件の彼女。

 今日はパーティ用のドレスに身を包んでいるので、いつもとは違う雰囲気を醸し出している。

 だが彼女の魅力を一番引き立たせる、絹糸のような金の髪も、月の光に照らされて、今は銀色に輝いていた。

 そういう色も似合うなあ、と帰宅した18号を見て何気にそう思えた。

「ああいう堅苦しい処は嫌いなんだよ。適当に切り上げてきた」

「またお前は、そういう勝手ことを・・・」

 やっぱりそういうことになったかと、さっさとバスルームに向かった18号の後ろ姿を見て、クリリンはため息をついた。

 さて、ああいう豪勢な場所は食事も豪勢だっただろう。

 何かさっぱりしたモノでも用意するかと台所に向かったところ、突然電話が鳴り出した。

受話器の向こうからは、機械的で抑揚のない女性の声が『夜分遅く恐れ入ります』と告げた。

どうやらカプセルコーポレーションの者らしい。

『若奥様がそちらに伺ってはおられませんか?』

一瞬、誰?  と思ったがようやく該当者を思い出せた。「ああ、ブルマさんですか。いえこちらには」

 

ゴウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!

 

 外から、凄まじい轟音が家中を震わせる。

「・・・・・・来たようです」

 全く疑いもせずに、クリリンはそう告げた。

『では宜しくお願いします』

それでは、と告げたと同時に電話は一方的に切られていた。

何をどう宜しくしろというのか。

まあ、あの人の性格に付き合わなければならないのなら、これぐらいの諦めは必要であろう。

誰が来たのか検討はついたものの、やはり確認はしておいた方がいいだろうと、クリリンが外に出ようとしたその時、

ダカダカダカ! と怒気を散らしながらの足音と共に、18号が姿を現した。

「何だ!今の音はっ」

「いや、お前の方こそ何だよその姿! ちゃんと服着ろ!」

バスタオル一枚で現れた18号にぎょっとしながら叱咤するも、元から聞く気はないのか彼女は返事もせず外に飛びだした。

「・・・何で」

すかさずキッ!とクリリンを睨みつけ「何でこいつがいるんだ!?」と怒鳴り散らす18号。

俺に聞かれてもなあ・・とぼやきながら、クリリンはここでようやく外の惨状を確認できた。

一機のエアカーが砂浜に突っ込んでいる。間違いなく件の彼女の所有している物だ。

壊れてるんじゃないのか、とか、この後どうやって帰るんだろう、という疑問が脳裏を過ぎる。

ちなみに、中の人間の安否を気にかけたのはだいぶ後だった。

そうこうしている内に、中からのそのそと何かが這いずり出てくる。

そこには、見間違えようもない、世界一の大富豪にして一児の母の姿。

トロンとした目つきで、呆れ顔のクリリンとバスタオル一枚で憤怒している18号を順に見回し、一言。

「・・・・・・・・・・・・・・・・お楽しみ中?」

「違う!」

 瞬時に顔を真っ赤にしながら、18号が怒鳴った。

 だが当の彼女は「あっはっはっはっは! ごめんねー!」と言いながら、クリリンの肩をべしべしと叩きまくる。

 間違いない。彼女は酔っていた。

 しかも当の昔に限界を超えていた。

 ブルマの豪快な絡みに適当に相手をしながら、クリリンはそっと18号に訊ねた。

「もしかして、お前が帰る頃にはもうこんな状態だったのか」

「・・だから帰ってきたんだよ」

 その一言で、クリリンは18号にこれ以上もないほど同情した。

 何がそんなに楽しいのか、けらけらと笑うブルマに、クリリンは冷静に言った。

「駄目ですよブルマさん。飲酒運転しちゃ」

「そういう問題じゃないだろっ! とっとと帰れ!!」

「この状態で、無事に帰れると思うか?」

「知るかそんなの。そっちが勝手に来たんだろ」

 言葉は乱暴だが正論だ。

彼女の気持ちも判る。きっと散々絡まれたのだろう。それでもよくぞキレずに帰って来てくれたものだ。

もうちょっとだけ辛抱してくれ、とクリリンは何とか18号に言って聞かせる。

だがそれでも、18号の顔の険しさが溢れ出ようとするのを、抑えることは出来なかった。

どうあってもこの女を家に入れる気か。確かにこんな状態で帰れるはずもないが・・・、

「・・・っのバカ!」

 一言怒鳴りつけ、18号は中に入って行った。

 後ろから二人の声が重なって聞こえるも、耳に届く前にバスルームに入り、身に纏っていたタオルを床に叩きつけた。

 

――あのバカ・・・! お人よしにも程があるぞ!!

せっかく・・・・・せっかく――

 

 今にも辺りを破壊しかねないほど、力いっぱい拳を握り締め、ふるふると肩を振るわせる。

 透き通った白い肌も、怒気に満ちてほんのり赤みがかっていた。

「せっかく、二人っきりだっていうのに!!」

 

 

居間に通されたブルマはのろのろと座り、しばらくテーブルに突っ伏していると、いきなりがばっ!と顔を上げた。

「クリリンくん!」

「はい?」

「梅茶漬け食べたいわ」

反論してはいけない。酔っ払いの言動にいちいち相手をしても身が持たないのは、この人と関わって以来、充分理解していた。

今回は割と庶民的な嗜好で良かったと、クリリンは台所に向かおうとすると・・・。

「おい待て!」

 いつの間にあがってきたのだろうか、しっとりと濡れた髪もそのままに、腑に落ちない顔で睨みつける18号。

 何でこんな奴を持て成すんだよ、とその空色の瞳が訴えている。

 それに対し、どこか悟りじみた表情でぽんと彼女の肩を叩き、

「こういう時はな、下手に逆らったら逆に厄介なんだよ」

 体験者ならではの、重い口調でクリリンは語る。

 さすがに18号もそれ以上は何も言えなくなり、黙ってクリリンを見送った。

 彼なりに色々と苦労しているのだろう。

 

――特にこの女には、だろうな――

 

 頬杖をついて眠たそうなブルマを見据えながら、それでも心のどこかでは、

(クリリンのお人よしにも問題があるんじゃないのか)という考えも過ぎった。

まあ、八割ほど正解であろうが。

「――――18号」

「・・・・・!!」

物思いに耽っていたその時、すぐに隣りからブルマの囁き声が耳をくすぐってきた。

 正直、気づくのが遅れたが、それを悟らせまいとして睨みつける。

「・・・・・・・・・・・何だ」

 気の弱い人間ならば、一瞬で恐怖に恐れおののくような目つきで、18号はブルマを一瞥する。

「可愛い」

「あ?」

「可愛いいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

「うっあああああああああああああ」

 停止した思考により、避ける余裕も判断も間に合わず、

 18号はあっさりブルマに押し倒された。

 

「なな何だ! どうしたんだよ」

 慌てて居間に入ってきたクリリンが目撃したものは、

「どけっ! 離せ!」

「や」

「ふざけんなあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

――・・・・・な、

何で俺の嫁さんは、この人に押し倒されているのだろう――

 

夢にも思わなかった光景を目にし、クリリンの思考も停止した。

「こらっ! クリリン!! 何とかしろ」

 油断すれば服を剥ぎ取られそうになるのを懸命に死守しながら、18号はあらん限りの声でクリリンに怒鳴り散らす。

「――え、あ。

 あー、ブルマさん。ブルマさん」

「何よ、いいトコなんだから邪魔しないでよ」

 人の妻を夫の目の前で襲おうとして、何故彼女はこれほど強気でいられるのだろうか。

「離れて下さいよ」

「嫌よ! だって18号ったらお肌スベスベで気持ちいいんだもん!!」

「な・・な・・な」

 途端に18号の顔が今以上に赤くなる。

 一方、ブルマの発言に反論できず、言葉に詰まるクリリンに当り散らした。

「黙るな! 余計恥ずかしいだろっ!!」

「あら、恥ずかしいの? んふふふふふ。

 じゃああたしが、もっと恥ずかしくして、あ・げ・」

「ブルマさん! いい加減にして下さい」

「邪魔しないでったら。

ずるいわ。そんなこと言って18号を独り占めする気ね!」

「俺の嫁さんなんだから、俺が独り占めして何が悪いんですか!!」

 

 瞬間。

 

 只ならぬ沈黙が辺りを支配した。

 全てが動かぬ世界と化したその中で、一番最初に行動したのは事の元凶であった。

「・・・・・・・・・それもそうね」

 うんうんと頷き、軽く肩をぽんと叩きながら「で? お茶漬けは?」と聞いてくる。

 この一連の流れを冷静に受け止める為に、クリリンは相当な精神力を労した。

 この人の相手はとりあえず後回しにして、まずは18号を、

「っ・・・・・!

じ、じゅうはちご」

 目に見えるのではないのかと思えるほど、怒気を発している18号。

「・・・ろす」

「待て! 落ち着け! 話せば判る」

 未だかつてその科白を吐いて、判ってくれたことなど有りはしないのだが、クリリンにはそれしか言えなかった。

 だが18号からはそれ以上の反応は返ってこない。服を整える体勢で、顔を俯かせたままだ。

 これは妙だと思い、クリリンが近づこうとしたその時、

18号の右手がまっすぐクリリンの顔を捉えた。

 ゴツッ、という鈍い音と共に、部屋から去っていく18号。

 そして後に残されたのは・・・。

「・・・クリリンくん。顔を押さえて何か楽しい?」

 自分の顔を両手で覆いながら、ブルマが真剣に聞いてくる。

 だがクリリンは、それどころではなかった。

 

 

 波の音が規則正しく、普遍的に流れてくる。

 電気を消しても、控えめな月明かりが、部屋を斜めから照らし出していた。

 真の静寂も、暗闇も、この家には存在しない。

 それに慣れるのは、まだ先のようだった。

 いつかは慣れるのだろう。

 例えこれに慣れたとしても、あいつらと馴れ合う気は全くないけどな。

 クリリンの知り合いだろうが、関係あるか。

 新たにムカムカと怒りを芽生えさせていると、部屋の扉が音もなく開いた。

 てっきり他の部屋で寝るかと思っていたので、18号は心の中で少し驚いていた。

だが何の反応も表さず、シーツに包まったまま窓の向こうに広がる景色を見つめ続ける。

 気配は近づき、ベッドに入ってきた。

 恐る恐る、という雰囲気が漂ってきて、少しむっとしてしまった。

 別にお前が悪い訳じゃないだろ。

 いや、そもそもこいつがお人よしだから、そこに付け込まれるのだ。やっぱりこいつが悪い。

 でも、

 

――そのお人よしの性格に、わたしは救われたんだよな――

 

 少し歩み寄ってみようかと、ぽつりと言葉を発した。

「・・・・・あいつは?」

 途端に、びくり! と共有している寝台から振動が伝わってきて、更に18号の機嫌は悪くなった。

 いちいちひびるな! 

「向こうで寝かせたよ」

「・・・・・・・・・・・ふうん」

 気まずい沈黙が降りる。どうしようかと思案しているクリリンに、18号は深いため息をついた。

 嫌な雰囲気だ。

 こいつとだけは、こんな雰囲気でいたくないのに。

「あの・・さ」

 声が、すぐ後ろから聞こえてきた。

 先ほどまでは、少し間を空けて寝ていたはずなのに、いつの間にかクリリンがすぐ後ろにまで近づいていたのだ。

 そう実感した後、すぐにクリリンの体温が感じられた。

「ごめんな」

「何でお前が謝るんだよ」

 不機嫌な声で18号は言葉を返す。だが心の中では、徐々に自分の中のわだかまりが消えていくのが判った。

「やっぱりすぐに帰せば良かったな。

 やっとお前が帰ってきてくれたのに」

 偽りの言葉ではない。彼の声はそれを充分に感じさせてくれる。

 心地よい声の響き。温かい体温。

 反則だ。こんなの。

 これじゃあ、本気で怒れないじゃないか。

 ちらりと首だけ後ろを振り返ると、クリリンと目が合った。

 少し怯えているが、申し訳なさそうな顔をしている。

 だから、お前が悪い訳じゃないだろ。

 何で、何でもかんでも背負い込むんだよ。

 こいつの一番悪いところは、考えすぎなところだな。

「怒ってない」

 それだけ言って、身体も向ける。

ほっとした表情のクリリンを見て、単純・・・と思ったが、内緒にしておいた。

 少し身体を寄せてみる。

と、何故かクリリンは身を引いた。

瞬時に18号の顔が険しくなった。

「・・・何で離れるんだよ」

「えっ!? あ、いや、い、いいのかなって・・・」

「いいに決まってるだろ。ばか」

 さっきは大声であんな恥ずかしいこと言ったくせに。何を今更。

 自分に引き寄せるように、クリリンの腕をぐいと伸ばし、その上に自分の頭を乗せる。

 目を見開くクリリンに、嫌か? と視線で訴えると、返事の代わりに反対側の腕が伸びてきた。

 腕が優しく包み込む。

 それだけで、全身の緊張がほぐれ、疲れがため息と共に抜けていった。

「・・・お帰り」

「さっきも言っただろ。それ」

「んー。でも、もうちょっと実感させてくれ」

 そう言って、嬉しそうに自分を抱きしめる。

 暫く会えなかった寂しさか、久々に会えた嬉しさか、いつにも増してクリリンは触れてくる。

 嬉しい反面、珍しいなと思った。

 普段は積極的とは程遠いぐらい、クリリンは自分に触れてこない。

大切にしてくれているのだろうが、やはり物足りなかった。

 それに比べて、今日はどうしたことだろうか。

「・・・無事で良かった」

 ほとんど無意識なのか、クリリンのかすかな声が聞こえてきた。

 それがあまりにも切実に聞こえ、思わず18号はクリリンの顔を見た。

「何て顔してんだよ」

 悲痛な顔。

 こいつのこんな顔は、見たくない。

「怪我とかなくて、本当に良かったよ」

「怪我なんかするもんか。わたしを誰だと思ってるんだ」

「んー、でもさ。

 やっぱり、危険な所にいることには、変わりないだろ?」

 そんなことを、ずっと考えていたのか。こいつは。

 わたしが帰ってくるまで、ずっと。

「・・・この仕事、反対か?」

「正直に言えばな。

 でも、お互い仕事のことに口出ししないようにって、約束したからなあ」

 だから、お前の好きにしてくれと言って、軽く頭をぽんぽんと叩く。

 

――そんな顔されて、そんな事を言われたら、何も言えないじゃないか――

 

 クリリンの伸ばした手の平が、自分の頬に静かに触れる。

「帰ってきてくれて、ありがとうな」

「・・なに言ってんだよ。

 帰ってこない訳ないだろ。わたしはお前の傍が一番す――」

 最後のその科白だけが、何故か言葉が詰まってしまった。

 対してクリリンは、その次の言葉こそ待ち望んでいるようで、じっと自分を見つめている。

「うるさいな! さっさと寝ろ!!」

 頬に熱が帯びるのを悟らせないよう、触れる手を跳ね除けて、勢いをつけて身体を反転させた。

 背後から感じる、何かを押し殺しているような気配に、再びムカムカしてくると、

 今度は近づいてくる気配がはっきりと判った。

 自分を包む優しい温もり。髪の毛に触れているのは彼の唇だろう。

 キスという訳ではない。本当にただ触れているだけ。

 だが、それだけでも、こんなに嬉しくなる。

 

 クリリンに触れられるのは好きだ。

 その間は、誰よりも一番傍にいるのだと実感できる。

 彼が自分の存在を感じてくれているのだと思うと、堪らなくなる。

 

「・・・・・好きだよ」

 

 だから、最後の言葉が言えた。

 本当は何よりも、一番言いたかった言葉。

 

 

 目を開くと、天井が見慣れないものだと気づいた。

 だがそれで困惑するでもなく、ゆっくりと上半身を起こして、部屋のぐるりを見回す。

 一応、昨夜のことを思い出そうとするも、無駄だと判断したのは二秒後だった。

 だがここでようやく、この家がどこなのか思い出した。

――じゃあ、洗面所はあっちね。借りよっと――

 勝手知ったる、と言わんばかりに、颯爽と立ち上がって部屋を出て行った。

 

 

「おはようございます」

 開口一番、そう言ったのはクリリンだった。しかもテーブルにはすでに朝食が用意されていた。

 こぽこぽと湯飲みにお茶を注いで、どうぞと手渡す。

 渋めのお茶が、飲んだ後の乾いた喉に沁みる。ついでに味噌汁も沁みる。思わずため息が出た。

「あー、沁みるわー」

「一応聞きますけど、夕べのこと覚えてます?」

「これがさっぱり」

だろうと思った。

期待はしていなかった分、心労も少しで済んだが。

「さきほど、トランクスから電話がありましたよ。元気かって」

「あらそうなの。ちゃんとご挨拶してた? まだ四歳だから」

「・・・子供の教育より、ご自分の教育を考えたらどうですか?」

 微笑みながら皮肉るクリリンに、ブルマもさすがに彼が怒っていることを実感し、素直に謝った。

「――ごめんなさい」

「子供もまだ四歳なら、尚更親である貴女が、こんな状態では駄目でしょ」

「はい」

「もうそろそろ、自分の限界も理解して下さいよ。18号宥めるのに、どれほど苦労したことか」

「あ、私、何かやっちゃった?」

「言いたくないです」

 言ったら言ったで、この人なら爆笑するに決まってる。

 そして更に18号の逆鱗に触れるのだ。

「まあ私も、久々に飲んだから、尚更ハメ外しちゃって」

「・・飲むなとは言いませんよ。貴女も色々と大変でしょうから。

 でも、貴女が飲みすぎると、必ず誰かが迷惑してるということは覚えておいて下さいね」

 これから毎回、あんな夜はごめんだ。本気で命が危うい。

「あ、それで? 昨日私が迷惑かけちゃった人は?」

「まだ寝てます。起きる前に帰った方がいいですよ。俺からも言っておきますから」

「あー・・、そうね。顔を見るのも嫌かもね。

 悪いけど、ごめんねって言っておいて」

 何をしたのかは覚えていないが、確実にヤバいことをしたのだということは、クリリンの表情から見ても明らかであった。

「お詫びに、今度うちに来てね。ごちそうするから」

「あちらの気が納まった頃伺います」

 そして、ブルマはさっさと帰っていった。

 一つの厄介ごとが終わって、ほんの少し肩の力が抜けた。だが次の問題もまだ残っている。

「――さてと、今度はあちらを何とかするか」

「あちらって?」

「っ!!」

「何だよ。その顔」

 ふん、とそっぽを向いて、18号は外をちらりとみやる。

「あいつは帰ったのか」

「あ、ああ。詫びは言っていたけど」

「どうだか」

 この態度からして、まだわだかまりがあるのだろうか。まあしかたがないが。

「朝ごはんは何がいい?」

「いいよ。自分でするから」

「今日だけでもやらせてくれよ」

 そう言って、18号を座らせ、台所に向かおうとすると、片腕が掴まれた。

「・・・・・?」

「あいつは帰ったんだな」

「帰ったけど」

「じゃあ、今は二人きりだな」

「あ・・ああ。そうだな」

「じゃあ・・・」

 腕を引かれ、崩れた体勢が、丁度18号を抱きしめるような形になる。

「じゃあ、もう何も気兼ねしなくていいな」

 視界に入っているのは、18号の金の髪と、背中から腰にかけての優美なライン。

 表情は判らなくとも、彼女の言葉だけで、その望みが理解できた。

「え・・あ、あの、朝から?」

「昨夜があんな状態だったから、仕方ないだろ」

 少し不機嫌さが混じり始めたのを、クリリンは慌てて抑えながら、

「わ、判った! 判ったからもうこれ以上怒らないでくれよ」

「わたしは怒ってない」

 嘘つけ、と思わず口に出してしまいそうなのを、必死に抑えながらも、

18号の身体に触れる度に、自分も彼女と同じくらい、今この時を望んでいたのだという思いが溢れてくる。

少し身体を離した18号の顔が、まっすぐ自分の顔に向かってくるのを、夢見心地に迎えようとした。

 

はずだった。

 

キッ! と勢いをつけて18号は外をにらみつけた。外された唇が、引きつらんばかりにぎりぎりと震えている。

今度は何事かと、同じく外を見たクリリンの視界に入ってきたのは。

「・・・・・・・・・・・・・げ」

「『げ』とは何だ?」

 自分の妻に瓜二つの顔を持つ男の姿。

 意外な来客に唖然としているクリリンに対し、

「・・・・・・・・・・・・・っ」

 瞬時に18号の手のひらに集まる黄色い閃光。

「まて! 落ち着け! 落ち着いてくれ!」

「今度はお前かあああああああああああああああああっ!!」

 クリリンの悲痛な懇願をかき消すように、無情にもそれは放たれたのだった。

 

 

「ん?」

 遠くの方で音がした。

 あの方角は、亀ハウス?

「あらまあ、派手ねー。こっちも頑張んなきゃ」

 けらけら笑いながら、ブルマは家路にと急いだ。

 罪の意識も全くなく。



あとがき
 ロマンス同盟様への献上ブツ。クリパチクリパチー。
 甘々目指して書いたのはまだいいのですが、
 気がつけば、書いてて一番楽しかったのがブルマさんという、
 何だか色んな意味で間違った感が否めないモノに相成りました。
 
 そして、こんな光景に出くわした17号の方こそが被害者だと思います。
 身内の惚気っぷりは見たくなかろー・・・。
 まあ別にいいけど、せめて部屋でやれよとか、淡々と突っ込みそうだ。


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