『聴』4
自軍内にいる全ての声を、ウルキは聞きつけることが出来た。
だが会話を丸々盗み聞きするということではない。その声の響きから、その人間の感情を感じ取るのだ。
故に、彼が耳にするのは言葉ではなく、響きであった。
しかし不穏な感情を感じ取れば、すぐさまその会話の内容を傍受する。
彼はそうしていついかなる時も、間者や離反者の出現に対し、油断を許さなかった。
しかし、日常はそればかりではない。
彼はこの軍内で、僅かばかりだが気になる存在が出来た。
ウルキの耳は無意識に、その存在の声の響きを耳に入れてしまう。
一人は快活なベオグの青年。
今は少し疲れた様子だが、傍にいる同じくベオグの少女の心配する気持ちに対し、少しいきがっているようだった。
他のものにはこれ以上も無く素直なのに。何ゆえあの少女に対してだけ、彼は感情を押し殺してしまうのだろうか。
そしてもう一人は、やはりベオグの青年。
こちらは終始、あの姿に似つかわしい穏やかな様子だったが、いまは少し、不安の様子も感じ取れる。
それは、彼が治療を施しているのであろう、少女に対してに他ならない。
不安と悲しみと慈悲と、そして何よりも深い想いが言葉となって、その少女に対して向けられていた。
しかし、少女はそれを前面的に感じ取っているわけではなさそうだ。
だが少女の声の響きは、その青年に対するどこまでも広い愛情に満ち溢れていた。
しかし、やはり青年はそれを全て感じ取ることはない。
ベオグは本当に複雑な性格をしていると、ウルキは常々実感した。
そして最後に、こちらはラグズの男性だ。
その巨体に反し、戦いを好まず日々平穏と静寂をこよなく愛するガリアの戦士。
種族は違えど、同じラグズであり、そして何より自然を愛する点では、彼ととても気があった。
今も森の中で小動物と語り合い、戦に傷ついた心を癒されていることだろう。
森の中のガリアの戦士に意識を向けていたその時、声が聞こえた。
――ウルキさん――
声は紛れも無く先ほどの少女。
しかし、声の響きに危機感はない。
何事かと耳を潜めていると、続きが聞こえた。
――果物は好きですか?――
別に食事の好き嫌いはない。しかしそう返そうにも、この位置では彼女の耳に届くわけが無かった。
返らぬ言葉を気にせず、声は更に続く。
――美味しそうな木の実が生っているんです――
・・・そういうことか。
木の実を発見しても、高くて手が届かない。だから自分を呼んでいるのだろう。
いくら彼女が大食漢であっても、先ほど食べたばかりだ。早々に空腹で動けなくなるわけがない。
くだらないことで呼ぶなと、言った矢先がこれか。
――ウルキさんも、一緒に食べませんか?――
そうきたかと、普段と変わらぬ鉄面皮で、しかし心中穏やかとはいえない様子で、ウルキは翼を広げた。
親切を無碍にしては、鷹の民の沽券に関わる。
その隙を、あの娘はついたのだ。
本当に、なんとふてぶてしい。
※
呼んではみても一向に見えないウルキに、イレースが諦めて立ち去ろうとしたその時。
耳に例の翼の音が届いた。
本当に来てくれるとは思わなかったのか、驚き固まるイレースの前に、ウルキは音も無く降り立った。
そして有無を言わさず、イレースの腰を片腕で抱きかかえ、木の実が群生する辺りまで飛び上がる。
みるみる内に離れていく地面と近づく木の実を、イレースは懸命に目で追った。
「取れ」
抱きかかえた姿勢のまま、ウルキはイレースを木の実の目の前に差し出す。
両手で持てるだけの木の実をもぎ取り、それを確認した後、ウルキは再び地面に降り立った。
「・・ありがとうございます」
「では私はいくぞ」
「え・・・行っちゃうんですか?」
驚くイレースの声に、ウルキもまた驚いた。
「せめて・・一つだけでも・・・一緒に」
おずおずと差し出す木の実を、ウルキは黙って受け取る。
あれは口実ではなかったのか。木の実を見つめ、自問自答するウルキ。
そんな彼の様子を気にすることなく、イレースは近くの木の根元に座り、すぐさま木の実を口にした。
シャクシャクと美味しそうに食べるイレースに、ウルキも一口、口にする。
甘く瑞々しい果実の風味が、すぐに口の中に広がった。
「美味しいですね」
「・・・ああ、そうだな」
ふと、イレースがこちらを見ていることに気づく。
ウルキはなるべく自然に言葉を掛けてみた。
「何だ?」
すると、イレースはにこりと微笑んだ。
「美味しい物を・・一緒に食べるのって・・・いいですよね」
「・・・?」
「美味しいって・・言い合うと、もっと・・美味しく思えますから」
そして再び、イレースは木の実を口にした。
圧倒的な速さで次々に食べつくされる木の実を尻目に、ウルキはもう一度訊ねる。
「お前は・・食べることが好きか?」
「はい」
迷い無く頷くイレース。
「それと・・誰かと一緒に・・食べるのも大好きです」
「・・そうか」
それだけ言って、あとは静かに、木の実を食べ続ける。
ウルキが一つ食べ終わったのを見て、イレースがもう一個差し出そうと地面を探し、
「・・あ、もう・・ない」
すでに全てを食べつくしていたことに、イレースは肩を落とす。
そんなイレースを見て、ウルキの口が、わずかばかり綻んだ。
「暫し待て、私が取ってこよう」
「・・いいんですか?」
「ただし、今度は私の分も確保させてもらう」
ウルキはばさりと翼を仰ぎ、瞬く間に生い茂る木々の隙間に滑り込んでいく。
見上げながら待つイレースは、先ほどのウルキの言葉を頭の中で反芻させた。
つまり、もう暫くの間、共にいるということなのだろうか。
イレースは初めから、人間だ半獣だと、そんな差別的な気持ちを持ってはいない。
故に、ウルキを恐れる気持ちは初めからなかった。
誰であろうと、親切にしてくれるのは嬉しい。
だから自分の為に木の実を取ってきてくれたウルキに、イレースは心の底から喜び、感謝の意を唱えた。
「ありがとうございます」
その声の響きを、ウルキは聞き逃さなかった。
いや、先ほどの会話とて、ウルキはその真偽を確かめていた。
しかしその必要はないほどに、彼女の言葉は純粋そのものだった。
本当に、自分はどこまで疑り深いのか。
「すまないな」
「?」
「では、共に食べようか」
「・・・はい!」
受け取る木の実を愛おしそうに握り締め、イレースはウルキの隣りにちょこんと腰掛ける。
ウルキもまた、その隣に腰を落とし、木の実を口にした。
不思議と、イレースの美味しいという言葉の響きを耳にするだけで、その味はまた一段と美味くなっていった。
――なるほど、確かに。
共に食べるというのも、なかなか良い――
あとがき
ヤナルキも織り交ぜたウルキ&イレース話。
四コマでは飽き足らず、小説にもしてみました。本当になぜあえてこの二人?
でもカプ物ではなく、あくまでコンビですので。
ウルキさんなら、あえて何も突っ込まず、イレースの異常性を淡々と受け止めてくれると思うのですよ。
それにしてもルキノさんがついボケ役になってしまいました。全国のルキノさんファンの視線が怖いです。
そしてヤナフは会話の端々に、必殺の口説き文句をさりげなくいれているに違いないと思います。
ヤナフは見かけ少年なのに、中身がおじいちゃんだったりやり手だったり、
でもやっぱりちょっと子供っぽかったりするのがいいですな。それでウルキさんにいつも窘められていたりと。
ウルキさんは見かけのまんまなのが一番いいです。鷹の民で一番好きだ。大好きだ。
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