『再会』

 

 

 夜の帳が下りた廊下を、一人の少年が嬉々として歩いていた。

 逸る気持ちと喜びに破顔する表情を何とか抑えながら、一つの扉の前で立ち止まった。

 コンコンと数回ノックし、中の様子を伺うように聞き耳を立てる。

 

 ・・・あれ?

 

 扉の隙間から漏れる光から、確かにこの中の住人は起きているはずだ。

 なのに返答もないどころか、音もしない。

 ついには扉に耳を当てながら、少年、ヨファは鋭く中の様子を伺った。

 

「・・・・・・・あ!」

 

 声と同時にノブをひねり、ヨファは勢いをつけて中に入った。

 そこには案の定、一人は背もたれに身体全体を預け、一人は机に突っ伏して眠りこける男たちがいた。

 各部屋にはそれぞれテーブルが設置されている。

 そのテーブルをどう使うかはその部屋の住人次第だ。

 その部屋のテーブルの上は、様々な酒瓶で飾られていた。

 まさに住人の人となりが判る装飾だった。

 

「シノンさん起きてよ」

 天井を仰ぐように眠りこけ、後頭部に結わえられ、たらりと垂れる赤い髪を、ヨファは叱責しながらくいくいと引っ張る。

「風邪引いちゃうよ! ここ寒いところなんだからね」

 

 部屋は暖かくしているが、雪原地帯のデインの夜の寒さはかなりのものだ。

 ふと見れば、窓の近辺は確実に寒さで凍らされている。

 ヨファの言葉に眉間に皺を寄せながら、ぼそぼそとシノンは言葉を発した。

 

「あぁ・・もう。っせえなぁ・・・。

 寝てねーよ」

「寝てるじゃないか! 思いっきり」

「寝てんのは・・・そいつだろ」

 

 首が痛くなるような姿勢を崩さず、ゆるゆると指差す先には、テーブルに散らばった酒瓶を抱きかかえるようにして眠るガトリー。

 ヨファはその大きな背中をゆさゆさと揺らした。

 

「ガトリーさんも起きて。お部屋に帰れる?」

「・・・・・ん〜」

「ガトリーさん」

 

 のろのろと身体を起こし、ガトリーはぼやける脳裏と視界を戻そうと、額を軽く数回トントンと叩いた。

 その間に、ヨファは水差しから水を汲み、ガトリーの前に差し出す。

「はいお水。大丈夫? ガトりーさん」

 

 ヨファのいつもの笑顔も、今日はしょうがない大人たちに呆れ返った苦笑が入り混じっている。

 だが酔っ払いにそんな内心を図れるはずもなく。

 ただただ、目の前の少年の笑顔と差し出される優しさのみが、痺れる脳内で感じ取れる全てだった。

 ガトりーは今、ヨファの優しさに素直に感動していた。

 とりあえずそれだけで、あとは全て忘れていた。

 

「ヨファは・・・」

「ん? なに?」

「優しいなあ」

「は?」

「いい子だしなあ」

「え、えーっと?」

「よくみりゃ可愛いなあ」

「あの・・」

「あぁもう、いいなぁ」

 

 伸ばされる手が、ヨファに触れる前に、

 ガトリーの対面から飛んできた、一番重量のある酒瓶が、彼の顔面をヒットした。

 そのままの勢いで、ガトリーは大きく後ろに倒れる。

 床全体がその落下物に対して、盛大な悲鳴をあげた。

 

「ガ、ガトリーさん!」

 驚き、駆け寄るヨファ。

 だが完全にノビた状態のガトリーは、すでに起きる気配すらなかった。

 

「放っとけそんなエロボケ酔っ払い・・・」

「シノンさん!」

 

 つかつかと歩み寄り、何てことするんだよ! と怒りを露にかの弟子は怒鳴る。

 今しがた自分があらゆる意味で危機だったコトに全く気付いていない。

 

「ガトリーさんもう起きないよ。どうするの?」

「んなモン床に転がしとけよ」

「風邪引いちゃうよ」

「引く方が悪いんだろ」

 もう、と言いながら、ヨファは適当に部屋に設置されているシーツをひっぱり、沈没しているガトリーに静かに掛けた。

 

「甲斐甲斐しいねえ・・・お前も」

 へらへらと笑って、シノンはコップに残った酒を仰ぐ。

 その間にヨファは、いつのまに注いだのか、一杯の水をシノンに差し出した。

 

「もうお酒は終わり。寝る時間だよ」

「あぁ? まだ早ぇよガキじゃあるまいし」

「とっくに夜中だよ。さ、飲んで」

 

 はいはいと言いながら、コップの水を一気に飲み干し立ち上がる。

 それを確認してから手を引き、ヨファはふらつくシノンを何とかベッドまで誘導することに成功した。

 ベッドの縁に腰掛け、シノンは改めて目の前の少年を見つめた。

 

「で? 何でお前、ここに来たんだ」

 その言葉に、ヨファは眉をしかめて口を尖らした。

「今日、部屋に来ていい? って聞いたら、いいって言ってくれたじゃないか」

 

 首を傾げるシノンを見て、ヨファはますます渋面を作る。

 その顔は面倒事が起こる一歩手前だと察したシノンは、判った判ったと片手を振った。

 それでようやく、ヨファは笑顔を戻した。

 

「じゃあさ、泊まっていっていい?」

「はぁ?」

「オスカーお兄ちゃんはいいって言ってくれたよ」

「お前・・・オレのトコに来るって言ったのかよ」

「シノンさんの名前は出してないよ。でもこの辺りにいるからって言っておいた」

 

 それでは自分の部屋に来ると言っているのと同じだ。

 シノンが傭兵団に再加入して日も浅い。そして自分はヨファと顔見知りだ。

 そんなヨファが自分の部屋の近くにいくとなれば、久々に再会した仲間に会いに行くと宣言しているのと変わらないではないか。

 

「ね、ね。いいでしょ?」

 

 普段は賢いクセに変なところで抜けているヨファに、シノンは内心ため息をついた。

 だがここで無理やり帰らせたら、どれだけやかましいコトになるかと考えると、

 酒がその思考をマヒさせ、いつもは聡明な判断力すらも鈍くなっている。

 つまり、面倒くさくなり、どうでも良くなってきたのだ。

 

「しょうがねぇなあ。さっさと寝ろ」

「わーい♪」

 嬉しそうにシーツにもぐるヨファを見て、シノンは思わず苦笑した。

 

「男と寝るのがそんなに嬉しいのかよ・・・」

「シノンさんと一緒だから嬉しいよ」

「本当に・・ガキだなお前は」

 

 

 部屋の明かりを消すも、今度は月明かりが部屋を照らし出す。

 少し酔いが冷めてきたシノンは、暫く夜の静寂に耳を傾けていた。

 どれくらい経ったか、シノンはふと、隣で横になっているヨファの視線に気がついた。

 

「何だ? 眠れねぇのか?」

「ん・・うん。あのね」

 

 ヨファの手が、そろそろとシノンに向かった。

 シノンは黙ってそれを見続ける。

 そしてヨファの小さな手が、シノンの頬に触れた。

 触れた場所には、確かに感触があった。

 

 彼はここにいるのだと、ヨファはようやく実感した。

 

「泣くな」

 

 シノンはそれだけを告げた。

 先に釘をさされ、ヨファは湧きあがる感情をぐっと堪える。

 

「まだ戦いは終わっちゃいねえ。終わってから泣け」

 

 嗚咽をかみ殺し、一度だけこくんと頷く。

 涙が溢れるのを必死に耐え、ようやく落ち着きを取り戻し、呼吸を整えた。

 

「あのね、シノンさん」

「ん?」

「これだけは・・・言わせて」

 

 そこで一度言葉を止め、ヨファはシノンの胸に顔を埋めた。

 お酒臭くもあったが、シノンの懐かしい匂いがそれを払拭させる。

 彼の温もりを全身に感じながら、ヨファは最愛の師匠に言葉を届けた。

 

「・・・・・・・・・お帰りなさい」

 

 たった一言。

 この一言を口にすることを、どれほど待ちわびていただろう。

 もう出来ないかもしれないと、何度諦めかけたことだろう。

 それでも、夢は実現された。

 

 突然出て行った時の絶望を。

 再び会ってみせるという希望を。

 日々、彼の安否を祈る心細さを。

 やっと会えた嬉しさを。

 敵対した悲しみを。

 そして、再び共に入られる喜びを、ヨファは全て、この一言に詰め込んだ。

 

「・・・・・ああ」

 

 ヨファの柔らかな髪を一撫でして、シノンは少年の想いを余すことなく受け止めた。

 

 オレの全てはあの日無くなっちまったが。

 今は、お前がいるからな。

 だから。

 

「今度はもう・・・どこにも行かねぇよ」

 

 だから、安心しな。

 

 そう言って、シノンはその小さな身体を、静かに抱きしめた。

 ヨファは顔を埋めながら、もう一度だけ頷いた。

 

 

 

 

 あとがき

 シノヨファは最高です!(断定)

 シノヨファ好きとしましては、18章のシノン再加入後、支援以外でこの二人が一体どんな話をしたのか、

 それが一番、激しく激しく激しく気になるのですよ!!

 

 あと何度読み返しても、恋人同士な会話にしか見えないのは何故だ。

 

 

 

ブラウザを閉じてお戻り下さい。