『警告』
夕食も当に過ぎ、早い者なら眠りにつく時刻。その広間。
目の前で、数えるのも面倒なほどのため息をつくガトリーに、シノンはいい加減うんざりしてきた。
どうして彼がこんな状態に陥っているのか、答えは簡単だ。
「一体オレの・・何がいけなかったんスかねえ・・」
遠くを見つめる目で、ガトリーはそう呟く。
そんな彼に、テーブルを挟んでグラスを傾けながら「全部じゃねえの?」とシノンは言い捨てた。
そしてまた、ガトリーは机につっぷす。
しかしシノンは構わずグラスを傾け続け、周りの連中も特に気にも留めなかった。
少なくともここにいる連中にはとっくに原因は判明しており、更にいつものことと、今更気に留めるつもりはないようだった。
今日、ガトリーは盛大に振られた。
だがむしろ、それこそが当然のような感覚に陥ってしまいそうなほど、彼はよく振られる。
この中でも付き合いの長いシノンは、とりあえずこんな時は酒でも飲ませることにしていた。
人間、落ち込む時はトコトン落ち込んだ方が立ち直りが早いものだ。
酒を一口飲むたび弱音を吐くガトリーに、更に追い討ちをかけるようにシノンは一言言葉を掛ける。
そんなやりとりが続いていた頃、ガトリーはようやく、ふうと肩の力を落とした。
「なんかもう、全てどうでもよくなりました」
「あぁそうかい。そりゃあ良かったな」
「ええ、もういいんスよ。もう誰も好きになりませんよ」
というセリフを、こいつと出会ってから一体何回聞いただろうか。
それでも、過ぎたことをぐだぐだと悩み続けることは脱したようだ。あとは勝手に立ち直るだろう。
俺の役目は終わったなと、シノンは席を立とうとすると、ガトリーの一言にそれも出来なくなってしまった。
「せめてシノンさんは、オレの分まで幸せになって下さいね」
ひくり。
シノンの口元が片方ひくつく。
そしてぎろりと睨みつける。
だが当の本人は、そうとう酒が入ってしまったのか、かなり上の空だった。
「あんな・・・いい人出来たんだから」
「黙れ」
重低音で制するも、酔っ払いには無意味なようだ。
シノンは次第に苛立ち始めた。周囲の人間の視線が鬱陶しいのだ。
自分の性格をよく知っている者ならば、自分に恋人が出来たことは、それだけで驚異の出来事なのだろう。
しかも相手が相手なので、尚更興味の対象として注目される羽目になる。
一応抑えているのか、それでもバレバレな含み笑いすら聞こえ始め、それが更にシノンの神経を逆なでた。
シノンの視線が周囲の輩を一瞥する。
見てんじゃねーよ、とその視線が訴えていた。
見て見ないフリはしているが、シノンの反応が気になって仕方ないのか、まとわりつくような気配は一向におさまらない。
そうしている内に、ガトリーからノンキな寝息が聞こえ始めた。
元凶のノンキな態度に、殴り倒してやりたい気分になり、本当に実行しようとしたその時。
広間の扉が遠慮がちにノックされ、カチャリと音を立てる。
どうして自分の悪い予感は当たるのか、今だけは会いたくなかった件の恋人が、自分に近づいてきた。
「シノンさん」
夜、しかも人が少ないからなのか、普段被っている兜はない。
そのおかげで、シノン以外にも、ネフェニーの笑顔は良く拝めた。
その笑顔は、愛しい人に向けるにふさわしい、とてもいい笑顔だった。
だが今のシノンにはむしろ、逆効果なのは言うまでもない。
今までの経緯など知る由もなく、彼女は周囲の人を気遣うように、更にシノンに近づき、彼にだけ聞こえるように小声で話した。
「ここにいるって・・・聞いて」
「何だ? 何かあったか」
「あの、傷薬とかの補給物資・・シノンさんの分ももろぉて来たの。
でも部屋にいなかったけぇ、机の上に置いときました」
会話の内容は聞こえていないだろうが、見るものが見れば微笑ましいやりとりに、ますます周囲の視線がまとわりつく。
鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい。
イラつく感情をなるべくネフェニーに見せないように、シノンはつとめて平静を装った。
「ああ、そうか」
「はい。それだけです。それじゃあ・・。
――シノンさんも、あまり、飲み過ぎんでね」
完全に沈没したガトリーの様子を気にしながら、ネフェニーはシノンの顔を見つめる。
きっと顔の火照り具合から、どれくらいの酒量を飲んだのか推測しているのだろう。
だがたったコップ一杯だと安心したのか、表情が再び柔らかくなる。
「お・・お休みんさい」
普通の挨拶でも、恋人となった相手に向けるのは少し気恥ずかしいのか、頬がほんのりと朱に染まった。
正直、シノンはその表情に魅せられた。
いつもの無骨な鎧が全て外されたネフェニーの姿は、ただの一人の女性で、自分の恋人。それ以外にない。
誰もいなければ、思う存分その存在を愛でていただろう。
その雰囲気を察したのか、周囲の興味は更に惹き付けられていた。
唯一その雰囲気を察することの出来ないネフェニーは、普通に部屋に戻ろうと踵を返す。
その腕を、シノンが掴んだ。
何事かとネフェニーは振り返ると、目の前にはシノンの顔。
「待てよ。まだしてねぇだろ」
「え? な・・何を?」
「礼」
次の瞬間、ネフェニーは更にシノンの顔を間近で見ることになった。
呼吸が止まる。目が閉じれない。
思わぬ展開に、ネフェニーの思考は完全に停止してしまった。
顔が離れてもまだ硬直しているネフェニーの頬を、シノンは一撫でする。
「ありがとよ」
耳元で囁かれるその言葉に、ようやく意識が戻ってきたのか、ネフェニーの目がますます見開かれた。
「・・あ・・え・・な・・何」
「礼だよ。礼。さっきそう言っただろ」
「でも・・何で・・こんな」
先ほどの行為をようやく理解できたのか、ほっそりとした指を口元に添える。
すると感触がよみがえってきたのか、ネフェニーの顔がどんどん赤くなっていった。
「なに今更恥ずかしがってんだよ」
「だって・・人が・・」
「何だ? 人がいねぇトコならいいのか」
「そ! そんなこと言っとらん!!」
自分の大声に、夜だということを思い出したネフェニーは慌てて口を塞ぐ。
そんな自分を、シノンは面白そうに眺めていた。
自分をからかう為にあんなことをしたのか。キッ! とネフェニーは一度睨みつけた。
「もう・・・知らんっ!!」
叫び、ネフェニーは足早に広間を去っていった。
やがて彼女の足音が聞こえなくなった頃、シノンは周囲に視線を送る。
シノンを除く全ての人間は、彼の開き直った行動に、ただただ唖然としていた。
そんな連中に、どうよ? とシノンは勝ち誇った笑顔を向けた。
※
下手に反応するから、からかわれるのだ。
ならば、逆に前面に押し出してみればいい。何も恥ずべきことはない。
そもそもネフェニーを想うこの気持ちに、恥などないのだから。
シノンは自室で、補給物資を整理しながら考えていた。
明日、あいつの機嫌をどうやって取ってやろうかね。
だが怒った顔もなかなかだったから、しばらくこのままでもいいかもな。
しかし、何といっても一番いいのは、
唇が離れた、あの瞬間に違いない。
あとがき
蒼炎時代はくっつかないよと言ってましたが、やはり甘々なのも書きたいんですよ。
この二人はくっつくまでが異常に長そうだから、尚更早くこういうのを書きたいんですよ。
くっついたらくっついたで、シノンさんはとてもエロそうだ。
そもそも蒼炎の流し目と暁の腰のひねり具合はエロ過ぎる。存在自体がエロい。そんな人なイメージ。
ネフェニーも大人しそうだけど、お姉さん気質持ってそうなので、
悪ノリするシノンさんを時折叱ったりして、適度に付き合っていければいいなと思います。
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