その後の事実

 

 部屋に入ろうとした。

 だが出来なかった。

 両親がいたからだ。

 

 自分の両親は仲が良い。

 誇張でもなんでもなく、本当に仲が良い。

 母は普段こそあまりそういう姿をみせないが、私は知っている。

 父と二人きりになった時、母は父から離れない。

 いつまでもずっと、離れない。

 小さい頃からそうだった。そして今もそうだった。

 父に軽くキスをする母は、本当に嬉しそうだった。

 

 

「ねえ叔父さん」

 隣りに座る17号に、マーロンは何気なく言葉を掛ける。

 彼は母の双子の弟だ。

 その中で一番似ているその顔が、ゆっくりとこちらを振り向いた。

 澄みきった空色の瞳が、まっすぐに自分を見つめる。

 顔もそうだが、性格も母と似たところは沢山ある。

 それを指摘すると絶対に否定すると、父とこっそり笑いあったこともあった。

 双子だからという訳ではなく、本当に似た者同士なのだろう。

 でも、まだまだ知らないところは沢山ある。

 そんなところを見つけ出すのが、マーロンの昔からの楽しみだった。

 そんな、何でもない気持ちだった。

 その時までは、確かに他意はなかった。

「叔父さんて」

 

 キス好き?

 

そう聞こうと口を開いたが、直前でいくらなんでも唐突過ぎると思い至る。

「えと・・・」

 どう聞こう。

「何だ?」

 言いそびれている内に痺れを切らしたのか、少し眉を顰めながら逆に彼から問い掛けられてしまった。

 それに焦ったのか、ぱっと思いついたことを、マーロンは口走った。

 

「叔父さんて、キスしたことある?」

 

 更に唐突過ぎてしまった。

 

 

 案の定17号は更に眉を顰め、怪訝な顔をして後ずさっていく。

 言った瞬間、猛烈な後悔がマーロンを襲った。

 

――ど、どうしよう。どうしよう。何てこと聞いちゃったんだろう。っていうか何聞いてんだろう。

  叔父さんも何か難しい顔しちゃってるし、この後何て言おう――

 

 焦り続けるあまり、言葉がなかなか出て来ず、逆にそれが場の雰囲気を一層悪化していった。

 対して17号は、

 実はマーロン以上に焦っていた。

 

――バレたのか――

 

 マーロンの言葉を聞いた瞬間、まず思ったことがそれだった。

 それは数年前、まだマーロンが生後間もない赤子だった頃。

 何故か子守を任され、気を抜いた瞬間、マーロンに髪を掴まれ、

 引っ張られた勢いに合わせて、唇が重なってしまった。

 正直に言えば、自分はそれを口付けとは思っていない。

 思うにしては、あまりにも馬鹿馬鹿しい出来事だった。

 だがこの娘の立場なら、そんなことは言えないだろう。

 

――知ったのか。アレを――

 

 しかし、それはあくまでマーロンが赤子だった時の話だ。

 あんな小さな時の記憶を、そんなに鮮明に覚えているだろうか。

 本人が覚えていなくとも、誰かに教えられたという可能性もある。

 だがあの時、誰かに見られていたはずはない。

 あの時は母親である18号しかいなかった。彼女にもし見られたとしたら、黙っているはずもない。

 ならばやはり、マーロンが覚えていたのだろうか。

 それを知って、あえてこんな質問をしたのだろうか。

 自分がそれを覚えているか、カマをかけて。

 この娘は普通の、身内の贔屓目を差し引いても、とても可愛い女の子だ。

 しかしとても良く人を見ている。

 そして恐ろしく勘が鋭い。

 だからこそ必要以上に考えてしまうのだ。

 マーロンになら、バレてもおかしくないと。

 ここまでざっと数秒で纏め上げ、やがてふうとため息をついた。

「ああ」

 少しぶっきらぼうに、17号は最初の問いに答えた。

 

 この身体にされる前の記憶はない。

 そしてこの身体にされた以降、あれが口付けと呼べる行為ならば、それは後にも先にもマーロンとだけだった。

 

 バレてもバレていなくとも、これが真実なのだ。

 そもそも、彼女に隠し事など無駄なことだった。

 だが意外にも、マーロンは彼を凝視していた。

 初耳だとその表情が伝えていた。

「・・・・・・・・・・・え?」

「だから、したって」

「あ・・・・・・・・・・・、そ、そう・・なんだ」

 17号は気づかなかったが、マーロンの顔が少し青ざめていった。

「い・・今、付き合ってる人と?」

「は? いないぞ。そんなもの」

「じ、じゃあ・・・、前に、付き合ってた人とか?

 そ、そうだよね。いるよね。叔父さん恰好良いし、す、素敵だし、いない方がおかしいもんね」

 なにやら話しがおかしな方向に向かっている。

 そう気づいたのは、マーロンが勢いを付けて立ち上がった時だった。

「お茶、冷めちゃったから、新しいの淹れてくる」

 すっと差し出された手が、微かにだが震えていた。

「おい」

 それを掴もうとした時、その前にマーロンの手が素早く動いた。

 

 彼女に触れるのを拒絶されたのは初めてだった。

 

 彼に差し出された手を拒絶したのは初めてだった。

 

 でもその手は、かつて自分の知らない人を愛した手なのだ。

 そんな手に、触れたくなかった。

 そして、そんな勝手な気持ちを持ってしまった事を彼に知られたくなくて、マーロンは走り去ろうとした。

「待て!」

 だがそれを17号は引き止める。

 訳が判らないが、このまま彼女を行かせるのは、極めてまずいという事ははっきりと判った。

「どうしたんだ一体!」

 こちらに振り向かせる17号の顔を、だがマーロンは直視できなかった。

 流れる涙を見せたくなくて、必死に顔を逸らす。

 

 彼がどう生きようが、彼の自由のはずだ。

 自分はそれを、束縛する権利は無い。

 たとえこの人が誰を愛そうとも、自分はそれを邪魔する権利は無いのだ。

 

 言葉では判っているのに。

 心にそう決めたのに。

 涙だけは、自分の気持ちを代わりに伝えていた。

 

 愛している。

 

 愛されたい。

 

 他の人となんて嫌だ。

 

「・・・・・・・お前、何か勘違いしていないか」

 頬に手が触れ、流れる涙は乱暴に拭い取られる。

「どうやら覚えていなかったようだな」

「・・・・・・・なに、が?」

 少しだけ叔父の顔を見たマーロンは、彼がとても困惑している様だと今気がついた。

「お前だよ」

「・・・え?」

「昔のことは覚えてないけどな、

 覚えている中で俺がしたのはお前とだけだ。他はない」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 今度の反応は随分と時間がかかった。

 

――本当に覚えてなかったんだな。

  まあ、普通に考えれば当然といえば当然か――

 

 今度は17号が気まずそうに目を逸らし、そして事実を語った。

 やはりマーロンは初めて知ったようだった。

「わ・・私、そんなことしちゃったの?」

 驚きと困惑がない交ぜになったような顔で、マーロンはその事実をゆっくりと自分の中で整理していく。

 そんな中、17号の言葉が続いた。

「悪かったな」

「?」

「お前、昔言ってただろ。

 初めてのは一番好きな奴とするって」

「・・・・・あ」

 それは覚えている。確かに昔、母にそう言った。

 父にキスをする母があんまり幸せそうだったから、私もいつかそうしたいという意味を込めて。

「まあ、あんなのキスの内にも入らないだろうけどな。

 お前だって嫌だろう。初めてが俺じゃあな」

「いっ! い・・・嫌じゃない!!」

 思わず、そう声を出してしまった。

 ただ彼にだけは、そんな誤解をしてほしくない一心で。

「初めてが叔父さんで、すっごく・・・嬉しい」

「・・・・・・・・・・・」

「私、叔父さんのこと、だ、大好きだから。

 だから、嫌じゃないから・・・」

 語尾がどんどん小さくなっていくも、マーロンははっきりとそう告げた。

 暫く続く沈黙のあと、マーロンはそれを後悔した。

 

 私が良くても、彼はどうなのだ。

 

 自分の気持ちだけで頭が一杯になり過ぎて、彼の気持ちを全く考えてはいなかった。

「ご、ごめんなさい!」

 いきなり謝るマーロンに、だが17号は見ているだけだった。

「私だけ良くてもいけないよね。

 それに子供の頃でも、変なことしてごめんなさい」

 この人のことは好きだ。

 初めてのキスがこの人で、本当に嬉しい。

 でも、それで嫌な気持ちには、なってほしくなかった。

「俺も嫌じゃない」

 その言葉に、自分が顔を上げるのが先だったか、彼が上げさせたのか判らぬ内に。

 

 唇が塞がれていた。

 

 やがてゆっくりと離された叔父の顔は、とても優しかった。

「嫌いな奴にこんなことはしないぞ」

 瞬間。

 マーロンはぺたりとその場にしゃがみ込んでしまった。

 驚き、慌てて17号はマーロンの肩を掴み上げた。

「お、おい」

「・・び、びっくりして」

 腰が抜けたようだ。

 呆れた安堵のため息をつく17号を、マーロンはじっと見つめる。

「本当?」

「何が?」

「嫌じゃ、ない?」

「信じられないのなら、もう一度してやろうか?」

 返答がないまま、17号はもう一度顔を近づけ、軽く口付ける。

「嫌ならしない」

 優しく笑う17号に、今度はマーロンが口付けた。

「・・・・・嬉しい」

 そして精一杯彼を抱きしめた。

「叔父さん。ありがとう・・・」

 そんな彼女を、17号も抱きしめ返した。

 礼を言うのは、俺の方だ。

 

 ありがとう。

 俺を否定しないでくれて。

 俺を受け入れてくれて。

 こんな気持ちを教えてくれて。

 

 お前がいなければ、何も出来なかった。

 

(了)






あとがき
 徒然漫画とある真実のその後のお話。

 これからこの二人がどれほどいちゃつくのか、想像するまでもありません。
 そして叔父さんのテクがどれほど凄いのか、この時のマーロンちゃんは知る由もありません。
 色んな意味でショックを受けるマーロンちゃんに、開き直った叔父さんは容赦ありません。
 何だか叔父マロという作品は、これからが真骨頂のような気がします。
 でも書くと絶対18禁だなこりゃ・・・。



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